テーマ:平清盛

日本史の「言葉」28 そのセリフ実は我に非ず

歴史の中には、まさに時代を切り取ったかのような言葉・セリフが登場する ことがあります。 たとえば、~平家にあらずんば人にあらず~ 武士階級がようやく頭角を現し始めた平安時代末期に登場した言葉です。 でも、このセリフを吐いた人物を、平家総帥・平清盛(1118-1181年)だと 思っている人も少なくないようで、なぜそんなことが…
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日本史の「タブー」06 かくして御家は滅亡する

平清盛(1118-1181年)を頂点として朝廷を凌ぐほどの栄華を誇った 平家一門の隆盛ぶりを、同門にあった平時忠はこう評したそうです。 ~一門にあらざらん者はみな人非人なるべし~ (現代言葉に直した~平氏にあらずんば人にあらず~が有名) ところが、一時期はこの言葉の通りに飛ぶ鳥を落とす勢いを示していた 平家も、この少し後に…
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日本史の「トホホ」11 情けは怨みと復讐に

平清盛(1118-1181年)は、「平治の乱」(1159年)で長年のライバル・ 源義朝(1123-1160年)を倒し、この時点で義朝の遺児、頼朝・ 義経兄弟をも手中にしたのですから、当時の常識からすれば、 この両人を早々に「殺して」おくべきところでした。 なぜなら、今は若く幼なくとも、十年もすれば青年に成長し、 ひょっこり…
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日本史の「デジャヴ」07 潰された”源氏返り咲き”

「源氏」や「平氏」は、この頃の朝廷側から見れば、 十把一絡げの「穢れた武士」ということになりますが、 そのご先祖を辿るなら、実は「天皇家」の出身です。 そんな微妙な立場にあった中で、「平氏」の平清盛(1118- 1181年)が、平安末期に「ウルトラC級」(古い!)の離れ技を 披露したことがあります。 自分の娘(徳子)を天…
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日本史の「女性」01禅尼の動機

平清盛は敵軍大将・源義朝の息子である源頼朝を捕らえた。 このとき頼朝13歳、数年後には青年に達する年齢である。 であれば、将来の禍根を残さないためにも、即「始末」しておく のがこの時代の常識だ。だが、頼朝は殺されなかった。 ~頼朝・誕生の地~  出展: -名古屋を探検する-<え~なも探偵団> いったい、な…
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