日本史の「世界標準」27 誰が誰に?五箇条の御誓文

明治維新の経緯の説明では、「五箇条の御誓文」という言葉がよく登場します。 ~そう言えば、学校の授業でもそうだったなぁ~ この程度に無頓着な受け止めをしていた筆者ですが、ある日、 ヘソ曲がり系の友人がこんな疑問を投げかけたのです。 ~「五箇条の御誓文」って、いったい誰が誰に何を誓ったのだ?~   五箇条の御誓文 虚を衝…
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日本史の「事始め」19 環境汚染に挑んだ女帝

歴史上の人物や出来事においては、時としてその知名度と歴史的意義が 必ずしも整合していないかのような印象を受けることもあります。 たとえるならば、現代ではエピソード程度に語られている事績が、少し 深入りしてみると、じつは当時においてはメッチャ壮大な政治構想に 基づいたものだったりする場合のことです。   天武持統合葬陵 …
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日本史の「迷宮入り」18 コールド・ケース邪馬台国

たまたま手に取った本にこんな文章がありました。 ~邪馬台国の所在地については21世紀に入っても議論が続いている~ その邪馬台国とはご存知の通り、いわゆる「魏志倭人伝」 (成立:280年から297年頃)にある、30ほどの国家からなる倭国の都とされ、 さらには倭国の王としての女王・卑弥呼(生年不明/没年242~248年)が 居住し…
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日本史の「微妙」13 幕府と外様のネジレ相関図

  豊臣秀吉(1537-1598年)亡き後、「関ヶ原の戦い」(1600年)に勝利し、 その豊臣家を押し退ける形で実質的に天下を掌握したのは、豊臣政権の 中枢にあった徳川家康(1543-1616年)でした。 その「関ケ原の戦い」において薩摩藩は、島津家当主の弟・島津義弘 (1535-1619年)が少数の兵を率いて反家康側に立ちま…
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日本史の「トホホ」29 DeusもGodも神ですか?

  イエス・キリスト 日常ではそれほど頻繁に使う機会はないものの、とんと聞き慣れないという ほどでもない「八百万神」(やおよろずのかみ)という言葉に、たまたまの ことぶつかりました。 ただし、この場合の「八百万」は実数を表しているわけでもなく、たとえば、 (江戸の)八百八町/(大坂の)八百八橋/(アナタの)嘘八百/など…
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日本史の「災難」14 後出しジャンケンの汚名

来年(2020年)のNHK大河ドラマ「麒麟がくる」の主人公は戦国武将・ 明智光秀とのことです。 例年、この大河ドラマには注目と期待が集まりますが、ところが今回は、 出演予定の女優さんに芳しくないスキャンダルが持ち上がるなどして、 番組放送以前にすでにひと騒動を演じました。 そのあたりのことはともかくとして、さて歴史上に実在…
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日本史の「逆転」23 現代時流から江戸を見る

今年になってその存在を知った女性の一人に、地球温暖化がもたらす リスクを世界に向けて訴えているスウェーデンの十代の環境活動家、 グレタ・エルンマン・トゥーンベリさん(2003年生)がいます。 その彼女夘の活動ぶりは、このように紹介されています。   公共の場や政治家・議会に対して、気候変動の危機に立ち向かうため、   すぐ…
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日本史の「言葉」29 米語は結構早口らしい

いわゆる「お雇い外国人」の一人である、ジェームス・カーティス・ヘボン (James Curtis Hepburn/1815-1911年)は、日本人が自分の名を「ヘボン」 と呼ぶことを嬉しがったばかりでなく、それを漢字で「平文」と書き表す ことも気に入っていたそうです 医療伝道師・医師であるこのアメリカ人は、日本では「ヘボン式…
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日本史の「例外」03 時代区分を眺めれば

「時代区分」の名称って、それなりの規則性に沿って命名されていると ばかり思っていたのですが、必ずしもそうではないようですね。 ずっと昔の昔の大昔は、まあじゃ害するとして、一個の国家としての体裁が 整い始めて以後の時代については、その折の政権中枢の所在地を冠するのが、 ごくごく一般的なパターンだと思っていたのです。 というの…
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日本史の「女性」26 ハプニング?女帝誕生

神武天皇をもって歴代天皇の初代としていますが、しかし、実際には この当時にはまだ「天皇」という称号はなく、大方のみるところでは 「大王」ほどの呼び方をしていたようです。 「天皇」という言葉が登場したのは、きっとなら第40代・天武天皇 (生年不詳-686年)の頃のことでしょう。 自らの国家の歴史書「日本書紀」の完成が720年…
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日本史の「トンデモ」04 本願寺籠城戦と水軍激突

織田信長(1534-1582年)と本願寺11世・顕如(1543-1592年)の激突、 いわゆる「石山合戦」(1570-1580年)の、その中盤では「天王寺の戦い」 (1576年)が繰り広げられました。 そして、これに勝利した織田軍は摂津国方面の軍事的優位を確実なもの とし、逆に負けた本願寺軍は本拠地・石山本願寺への退却を余儀なく…
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日本史の「発明発見」25 神の座へ三英傑の三段跳

筆者の生息地・愛知県では、戦国の天下を動かした下記の武将トリオを 「郷土の三英傑」として称えています。 尾張・織田信長(1534-1582年) 革新政策/関所撤廃・楽市楽座など 尾張・豊臣秀吉(1537-1598年) 集権体制/貨幣統一・兵農分離など 三河・徳川家康(1543-1616年) 幕府創立/天下統一・武家諸法度など …
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日本史の「列伝」12 生前没後もユニーク履歴

北近江の戦国大名であった浅井長政(1545-1573年)の経歴を眺めていくと、 いくつかユニークな点があることに気が付きます。 その第一は、やはり時天下統一を目指していた尾張国・織田信長(1534- 1582年)との関りということになるのでしょう。 信長の妹である「お市の方」(1547?-1583年)を妻として娶った 人物…
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日本史の「異国」08 日本国王は辞退します

昔の昔、日本の卑弥呼の時代(紀元3世紀)よりもさらに500年ほど昔と いうことになりますが、紀元前3世紀頃の中国大陸では、諸国どんぐりの 背比べの中から抜け出した秦(前221-前206年)が抜け出して統一国家を 実現しました。 つまりこの時、勝者・秦の国王は敗者である諸国の国王の上に立ったと いうことになります。 こうな…
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日本史の「タブー」12 使者はなぜ殺されたのか

「蒙古襲来」あるいは「元寇」という当時の日本国にとって歴史的な 大事件は、概ねのところこんな説明になっています。 ~日本の鎌倉時代中期に、当時モンゴル高原及び中国大陸を中心領域として  東アジアと北アジアを支配していたモンゴル帝国(元朝)およびその属国  である高麗によって二度にわたり行われた対日本侵攻の呼称である~ 早い…
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日本史の「トンデモ」04 言霊商標の平和万能薬?

1945年以降の、いわゆる「戦後日本」は戦争に対する猛省という意味合いも あってか、「何にもまして平和」を重視する姿勢に転じました。 戦争よりは平和の方をありがたく思うのは人の常ですから、これはこれで 評価されるべきことでしょう。 そうした風土にあって、「戦後日本」はさらに「平和構築」を目的とした 多くの思想・政見も登場さ…
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日本史の「ライバル」04 神々の悠久なるリベンジ

列島民僕にとってはまったく目新しい宗教と言っていい「仏教」が、 百済王からこの地に伝えられた(公伝)のは548年のこととされています。 これが正しければ、我が国においては第29代・欽明天皇(509?-571年)の 時代ということになりますが、もっともその時期については他にも 538年説、552年説など諸説あって、実際のところはイ…
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日本史の「微妙」12 日本もじ文字バラエティ

普段はあまり意識しないものの、現代日本人が使っている「文字」は案外に ユニークな代物なのかもしれません。 まず第一に、他の文字に比べ、その種類が結構豊富なことです。 思いつくまま並べても、漢字・ひらがな・カタカナはずっと昔からが ありますし、明治以後のことなら、アルファベットを利用したローマ字と いう表現方法も提供され、さ…
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日本史の「数字」01 文政テーマパーク殺人事件

筆者の生息地・愛知県では、戦国時代に天下を掌握した三人を 「郷土の三英傑」と称え、「名古屋祭り」の折には、それぞれの名を 冠した隊列を組み、豪華勇壮なパレードまで披露しています。 いわゆる「英傑行列」ですが、その三英傑は地元以外の人にもかなり有名な 存在だとは思います。 念のためにその顔ぶれをご紹介しておくと、 織田信長(…
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日本史の「ツッパリ」26 時世時節が変わるは悪だ

「原理主義」という言葉があります。 ~一般的に、基本的な理念や原理原則を厳格に守ろうとする立場~ と説明されており、さらには、 ~(原理原則を)忠実に解釈し実践しようとする思想や運動~のことでも あり、さらには、そういう~原理主義の立場をとる人~のことを 「原理主義者」とも言うと説明されています。 そういうことなら、「原…
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