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ヤジ馬の日本史

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ヤジ馬の日本史
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日本の常識は世界の非常識?
そんな風土を培った「日本史」の不思議を
せっせとヤジ馬しよう! by 住兵衛
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部分に注目すれば ”大勢の人の姿”に、
全体を眺めれば ”人の顔”に見える不思議。
ならば、「日本史」こそは究極の ”だまし絵”
なのかもしれんゾ! by だまし絵師

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タイトル 日 時
日本史の「デジャヴ」27 皇室婚約すったもんだ
日本史の「デジャヴ」27 皇室婚約すったもんだ 譲位を強く希望された今上天皇が、本2019年5月1日に退位され、その後を 新しい天皇が継承されることはご承知の通り。 ところが実は、それまでの皇室典範には譲位の規定はなく、 〜皇位の継承は天皇の崩御によってのみ行われる〜と定められていたそう です。 言葉を換えれば、 〜天皇に限っては生涯現役を貫くべし〜という意味になるのでしょうか。 ...続きを見る

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2019/02/15 00:01
日本史の「列伝」19 子作り五十人の人海戦術
日本史の「列伝」19 子作り五十人の人海戦術 たまたまのこと、平安時代の第52代・嵯峨天皇(786-842年)の事績に 行き当ったところ、こんな説明になっていました。 〜系図などによれば49名の皇子皇女がいたと言われている〜 なんと! だったら、何らかの事情があって系図に載せなかった、あるいは 載らなかった子供達が、この他にもいたかもしれん。 そう考えれば、「子作り五十人」という表現も、あながち誇張とも言い切れ ません。 ...続きを見る

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2019/02/10 00:01
日本史の「言葉」28 前後左右どっちから見て?
日本史の「言葉」28 前後左右どっちから見て? たまたま手にした本を眺め読みしていたら、着物(いわゆる和服)について、 こんな説明にぶつかりました。 〜養老3(719)年、元正天皇が襟を右前にせよとの「右衽(うじん」の令」を   発しました。   ここから、着物は右前に着るようになり、現代まで続いています。〜 ちなみに、元正天皇(第44代/680-748年)は、第40代・天武天皇の 孫娘に当たる女帝です。 ...続きを見る

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2019/02/05 00:01
日本史の「アレンジ」19 科挙より素敵な選び方?
日本史の「アレンジ」19 科挙より素敵な選び方? 国家を安定させ長い繁栄を保つためには、特にその中枢を担うべき官僚に 優秀な多くの人材を必要とするものです。 このあたりを、うっかりスカタンな人間に任せようものなら、たちまちに国が 傾きかねないことはどの国にとっても一種の常識と言っていいのかも しれません。 ...続きを見る

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2019/01/30 00:01
日本史の「油断」09 史実と伝説行ったり来たり
日本史の「油断」09 史実と伝説行ったり来たり 天孫降臨の折、天照大神は地上に降りる皇孫・瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)を こんな言葉で送り出したようです。 〜この日本の国は私の子孫が王となるべき地なのですから、皇孫である   あなた(瓊瓊杵尊)が行って治めなさい。 いいこと、ここのところが特に   大事なことですが、皇室が栄えることは天地がある限り永遠なのですよ〜 ...続きを見る

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2019/01/25 00:01
日本史の「落胆」02 純正室町時代の数え方?
日本史の「落胆」02 純正室町時代の数え方? 鎌倉時代から明治時代に至る間の時代区分は、それぞれの定義や解釈に よって微妙に異なる感じもありますが、筆者がたまたま目にした日本史年表 では、以下のように整理されていました。 ○鎌倉時代 →→ /1185-1333年 ○建武の新政 → /1333-1336年 ○室町時代 →→ /1336-1573年    ◇南北朝時代/1336-1392年    ◇戦国時代  /1467-1590年 ○安土桃山時代  /1573-1603年 ○江戸時代 →→ /1603-1868年 ...続きを見る

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2019/01/20 00:01
日本史の「言葉」28 そのセリフ実は我に非ず
日本史の「言葉」28 そのセリフ実は我に非ず 歴史の中には、まさに時代を切り取ったかのような言葉・セリフが登場する ことがあります。 たとえば、〜平家にあらずんば人にあらず〜 武士階級がようやく頭角を現し始めた平安時代末期に登場した言葉です。 ...続きを見る

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2019/01/15 00:05
日本史の「信仰」14 民族癖が選んだ?維新三傑
日本史の「信仰」14 民族癖が選んだ?維新三傑 たまたまのこと、目の中に「維新の三傑」という言葉が入ってきたので、 ことのついでに少し読み進めてみると、そこには以下の三人の名が 挙げられていました。 ○木戸  孝允(1833-1877年) 長州藩士/  病死・享年45歳 ○西郷  隆盛(1828-1877年) 薩摩藩士/  自刃・享年51歳 ○大久保利通(1830-1878年) 薩摩藩士/暗殺死・享年49歳 ...続きを見る

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2019/01/10 00:01
日本史の「付録」10 なにゆえ貴殿が国葬に?
日本史の「付録」10 なにゆえ貴殿が国葬に? 幕末の推移が分かりにくいのは、たぶん劇的な事態急変と逆転が遠慮なく 登場することが原因の一つになっているのかもしれません。 たとえば、その幕末期に政局の安定と攘夷実行を目論んで、いわゆる 「公武合体」路線を強力に推し進めた孝明天皇(1831-1867年)が突然の 崩御に見舞われたことを受け、その後継に立った明治天皇は逆に開国・ 倒幕路線に軸足を移しています。 ...続きを見る

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2019/01/05 00:01
日本史の「ライバル」01 日本と西欧の同時ビックリ
日本史の「ライバル」01 日本と西欧の同時ビックリ 武士政権が滅び、明治という新しい時代を迎えた日本には、西洋の文明が 怒涛の如く押し寄せるようになりました。 ただ当初こそ、そうした物に対して戸惑いだけでなく、相当な抵抗感・ 違和感も覚えた日本人の側も、接触する機会が増えるに従い、次第に 慣れ親しむようになっていきました。 ...続きを見る

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2018/12/30 00:01
日本史の「異国」03 衣服まわりの二三の閑話
日本史の「異国」03 衣服まわりの二三の閑話 人類史上初の有人宇宙飛行計画において、ライバル・ソ連の先手を取るべく アメリカが情熱を傾注したのが「マーキュリー計画」(1958〜1963年)でした。 この時のNASA(アメリカ航空宇宙局)、要するにアメリカの有人飛行計画の 黎明期の顛末を描いた映画に1983年「ライトスタッフ」という作品があります。 ...続きを見る

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2018/12/25 00:01
日本史の「誤算」10 戦国乱世の三バカ大将
日本史の「誤算」10 戦国乱世の三バカ大将 「馬鹿者/愚者」を意味する言葉は、TPOによって阿呆・トンマ・間抜けなど、 別の表現も用いられますが、そうした意味ではなく、政治的な判断もしくは 行動の拙さをもって「愚者」と評された人物も、歴史上には少なからず登場 しています。 そんな立ち振る舞いだけで、後世の人間から「愚者」扱いされては、もう冤罪 並みの不運と言ってもいいのかもしれません。 ...続きを見る

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2018/12/20 00:01
日本史の「ツッパリ」23 触らぬカネにタタリなし
日本史の「ツッパリ」23 触らぬカネにタタリなし 〜江戸っ子は宵越しの銭は持たぬ〜 本音であったかどうかは分かりませんが、こんなセリフを吐いて粋がっていた とするなら、江戸っ子の「お金」に対する感覚は、チマチマ貯金に励む 現代日本人とは少しばかり異なるものがあったと言えそうです。 ...続きを見る

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2018/12/15 00:01
日本史の「トホホ」27 タケル氏の異色な境遇と病質
日本史の「トホホ」27 タケル氏の異色な境遇と病質 「古事記」では主に「倭建命」※、「日本書紀」では主に「日本武尊」※と表記 されるそうですが、第12代・景行天皇の息子であり、第14代・仲哀天皇の父に 当たる人物を、分かりやすく「ヤマトタケル」と呼ぶこともあります。 ※「倭建命/日本武尊」はいずれも(やまとたけるのみこと)と読むそうな。 ...続きを見る

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2018/12/10 00:01
日本史の「トンデモ」02 曲学阿世のイチャモン術
日本史の「トンデモ」02 曲学阿世のイチャモン術 「林羅山」(1583-1657年)といえば、23歳の若さで徳川家康(1543-1616年)の ブレ−ンに収まったほどに優秀な学者さんですが、反面ちょいとばかりクセの ある?人物でした。 失礼を承知の上で言えば、「曲学阿世の徒」※という言葉に当てはまる 印象を備えた人物ということです。 ※真理を曲げて世間や時勢に迎合する言動を取る人物。 ...続きを見る

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2018/12/05 00:01
日本史の「発明発見」22 誰がためにカネは生る
日本史の「発明発見」22 誰がためにカネは生る 二兆円超とも言われる多額の借金に苦しんでいた日産自動車に乗り込むや、 瞬く間に経営立て直しを成功させたことで、一時期は時代の寵児として 注目を集めたカルロス・ゴーン氏でしたが、本年(2018年)になって、 所得隠隠蔽の疑惑が浮上し、つい最近のこと逮捕されるまでに至りました。 ...続きを見る

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2018/11/30 00:10
日本史の「事始め」17 幕末日本人のモノづくり
日本史の「事始め」17 幕末日本人のモノづくり 〜泰平の眠りを覚ます上喜撰たつた四杯で夜も眠れず〜 いわゆる「黒船来航」(1853年)で吃驚仰天した様を揶揄した狂歌です。 蛇足ですが、この「上喜撰」とは茶の銘柄であり、「蒸気船」(黒船のこと)に かけた言葉になっています。 それはともかく、それこそ「見たこともない」ハイテク戦艦が姿を現したの ですから、当時の日本人にとっては、そりゃあ随分のビックリだったでしょう。 ...続きを見る

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2018/11/25 00:01
日本史の「お国自慢」17 やっとかめ文化祭2018
日本史の「お国自慢」17 やっとかめ文化祭2018 どうやら、数えて6年目ほどになるようですが、今やすっかり名古屋の秋の 恒例行事となった感が漂う「やっとかめ文化祭」を今年もチョロっと覗いて みました。 本年(2018年)10/27(土)〜11/18(日)を期間として、名古屋の街全体を 会場にする形で、例年のように  ○芸どころまちなか披露 ○芸どころまちなか舞台 ○まちなか寺子屋  ○まち歩きなごや など、多彩な企画が用意されました。 今回筆者は、その「まちなか寺子屋」の〜見て・聞いて・体験する「ナゴヤ学」〜 と銘打った数多の講... ...続きを見る

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2018/11/20 00:01
日本史の「異国」02 武器商人?勲章を賜る
日本史の「異国」02 武器商人?勲章を賜る つい先週の地元新聞にこんな記事が掲載されました。 /さらば グラバー号/ 名古屋−長崎 夜行バス 今月終了 〜片道904キロ・11時間40分 平成走り抜けた〜   (中日新聞 朝刊/2018年11月09日/金曜日) ...続きを見る

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2018/11/15 00:01
日本史の「微妙」09 素知らぬ顔して意趣返し
日本史の「微妙」09 素知らぬ顔して意趣返し モンゴル高原に居住する遊牧民の有力族長の一人であったチンギス・カン (1162-1227年)が、その他の遊牧民らを統合して創設した「モンゴル帝国」 (1206-1634年)は、その後もさらなる領地拡大に励み、いつしか下図にある 範囲をその「最大版図」(領土・領域・勢力範囲)とするようになっていました。 ...続きを見る

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2018/11/10 00:01

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