テーマ:長州藩

日本史の「誤算」12 長州流?公金処理の御作法

幕府体制が終焉し、世が「明治」を迎えた頃の世情には混沌としたもの がありました。 諸外国がつけ入ることのないだけの短期間のうちに、それまでの 「ほとんど なにもかも」を作り替えてしまおうとするのですから、 そうした状況があるのは、ある意味ではやむを得ないことかもしれません。 事実、この時期には明治新政府の要人が絡んだ事件が…
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日本史の「冗談?」16 豪胆衝動買いに栄光あれ!

幕末に活躍した人物の一部については、その評価が分かれることもあります。 その行動を肯定的に捉えれば、間違いなく一種の「先駆者/功労者」という 評価になるものの、一面ではちょっとばかり首を傾げたくもなる行動も併せて 取っているということで、たとえば、幕末尊王攘夷の志士として一般的には 高い評価を得ている長州・高杉晋作(1839-1…
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日本史の「謎解き」27 生身の神は意思を持つ

21世紀に入ってから、いわゆる「イスラム国(IS)」による活発な?行動をよく 耳にするようになりました。 いわゆる「テロ」行為です。 ところが現代日本人には、その「イスラム教」に平均的に縁が薄いことも あって、その宗教的・政治的な背景までには充分な理解が及んでいません。 概ねこんな程度の大雑把な理解が精一杯なところでしょう。 …
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日本史の「災難」03 ゆるネーム?”蛤御門の変”

幕末期、それまで共に御所の護衛に当たっていた長州藩は、 同僚?の会津藩・薩摩藩から、突如として締め出しを食らい、 京から追放される立場になりました。 いわゆる「八月十八日の政変」(文久3年/1863年)です。 仲間の裏切り?にあった長州藩は当然巻き返しを図り、これが 翌年の「禁門の変」(1864年)と呼ばれる軍事行動でした…
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日本史の「陰謀」15 松下村塾の”勝てば官軍”

長州藩士・吉田松陰(1830-1859年)が叔父から引き継いだ私塾 「松下村塾」は、実質二年足らずという短い活動期間だったにも 拘わらず、幕末期・明治期に大きな活躍をみせることになる数多 の人材を育てました。 その中でも殊に優秀だった人物として、下の四人がよく取り上げ られています。 高杉晋作(1839-1867年/享年…
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日本史の「逆転」14 維新”オセロゲーム”模様

表裏がそれぞれ白と黒になっている石?駒?を使うゲーム ”オセロ”では、直前までほとんど「黒一色」にあった盤上が、次の 一手によって今度はほとんど「白一色」になるという「劇的変化」 を作り出すことがあります。 ※これを指す正式な言葉は知りませんが、 ここではゲームの名を拝借して“オセロ現象”?と命名しておきます。 実際の歴史…
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