テーマ:桓武天皇

日本史の「例外」01 歴代以外にも覆面天皇が

寿命がいつかは尽きてしまうのは「生物」の宿命で、その点は人間も その通りなら、神の子孫とされる「天皇」も例外ではありません。 その天皇が至高の存在であることを強調する意味もあるのでしょうか、 「崩御(死去)」されると、それまで使っていた名とは別に生前の事績を 勘案した名「諡名」(諡号)が奉られます。 ごく普通に使っている「○○…
トラックバック:4
コメント:0

続きを読むread more

日本史の「トンデモ」01 ゼロ予算で城を構える

「城」という言葉についてはこんな説明がされています。(Wikipedia) ~中国における城とは、本来城壁のことを意味し、都市や村など   居住地全周を囲む防御施設を指すことが多い~ つまり、多くの日本人がイメージしやすい、たとえば「姫路城」などの和風? の城と、本家?中国の「城」はその概念も規模も大きく異なっているわけです。 …
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

日本史の「言葉」26 すべては言葉が創り出す?

その昔、桓武天皇(第50代/737-806年)は山背国(京都府)に移した 新しい都を「平安京」と名付け、その折ことのついでに国名の方も「山城国」 (発音は同じヤマシロ)と改めています。 世界最先進国・中国の雄大な城郭に囲まれた荘厳な都に憧れを持っていた 桓武としてもホントのところは、それと同様の城郭を備えたかったでしょう。 と…
トラックバック:1
コメント:0

続きを読むread more

日本史の「信仰」09 恐怖が生んだ身分詐称?

平安京を開いたことでも有名な第50代・桓武天皇(737-806年)の同母弟に、 一回りほど齢の違う「早良親王」(さわら/750-785年)という方がいました。 共に第49代・光仁天皇(709-782年)の息子です。 天皇家の慣習に詳しくない方もおられましょうから、念のためですが、 年下が「弟」・・・この辺の扱いは天皇家であろう…
トラックバック:1
コメント:0

続きを読むread more

日本史の「タブー」02 先駆者は良心の呵責を抱く

征夷大将軍・坂上田村麻呂を派遣し、東北地方のいわゆる「征伐」が一応の 成果を収めたと判断した第50代・桓武天皇(737-806年)は、もう御用済みと ばかりに、現代で言う軍隊も警察も実質的に無くしてしまいました。  随分と思い切った行動に思えますが、桓武天皇自身はそうしたものを 無くしてしまうことで、平和な世の中が訪れると考えた…
トラックバック:1
コメント:0

続きを読むread more

日本史の「世界標準」19 ヘソ曲がり民族?日本人

「ヘソ曲がり」・・・ひねくれていて素直でないこと。 「つむじ曲がり」とか「あまのじゃく(天邪鬼)」などと同様の 意味合いを持つ言葉です。 念のために言えば、「出ベソ」とは少し概念が異なります。 そうした「ヘソ曲がり」もどきの意外な行動は、日本人の長い 歴史の中にも見ることができ、そこで、遥か昔の「平安時代」と、 昭和の終…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

日本史の「デジャヴ」01天皇家編

そんなハズはないのに、既にどこかで体験したかのように 感じることを「既視感(デジャヴ)」と言う。 日本の歴史には、その「デジャヴ」のような出来事もある。 今回取り上げるのは、時代はかなり昔の、 実は私がまだ生まれていない頃の、7~8世紀に 在位したお二人の天皇のことである。 ~ヤジ馬の日本史~ そのお二人とは「天武天皇…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more