日本史の「ツッパリ」15 その信心は邪教である!

お釈迦サマがお亡くなりになってから後の1000年「正法」
呼ばれ、簡単に言えば仏教の「正しい教え」が維持される期間。
※その年数についてはいくつかの見解があるとのこと。

さらにその後の1000年間は「恰好だけの教え」が蔓延る「像法」
と呼ぶ時代になり、これは「正法」より劣る。
さらに、さらにその後になると、今度はそこに混乱が深まって、
お釈迦サマの教え自体がその効力を失ってしまう「末法」
突入していく・・・つまり「暗黒時代」であり、文字通り~世も末~
という感覚です。

で、平安末期の日本では、この「像法」時代から暗黒の「末法」
時代へ突入する時期を西暦「1052年」頃と受け止めたようです。 
どういう根拠で? 
その点は宗教・信仰の世界のことですからよく分かりませんが、
ともかく~ここから先はもうアウトだゼ~とする一種の「終末観」
が広がっていったのは事実のようです。

世の中全体を見渡せば、確かに治安の乱れも激しいし、
その上さらに~今や末法の時代だゼ~とダメ押しされれば、
誰にせよ大きな不安を抱くようになるのも無理はありません。

こうした「不安の時代」の中で、次第に救済を模索する動きも
出始め、これより百年ほどを経た頃には、後に「鎌倉新仏教」
(当時の新興宗教?)と呼ばれることになる活動が盛んになって
いきました。

  浄土宗/法然(1133-1212年) 絶対他力・専修念仏→ひたすら念仏!
  臨済宗/栄西(1141-1215年) 坐禅・公案→悟りを開くには禅問答!
浄土真宗/親鸞(1173-1262年) 一向専修・悪人正機→凡夫こそ救済!
  曹洞宗/道元(1200-1253年) 出家主義・只管打座→ひたすら座禅!
  日蓮宗/日蓮(1222-1282年) 題目唱和・四箇格言→ウチこそ先端!
   時宗/一遍(1239-1289年) 全国遊行・踊念仏→踊って念仏だあ!

全部が全部そうではなかったのかもしれませんが、そこには
少なからず~この閉塞感・終末観をなんとかしなくっちゃッ!~
という思いがあったように見えます。
つまり、こうした不安に満ちた社会に対して、多方面から多彩な
「救済」の方法・手段が提案?されたということなのでしょう。

ところが、その「救済」を旗印にしたこれらの活動が相互に協力し
合ったかと言えば、お話はまったく逆で、
~他宗派なんぞはダメで、我が宗派の教えこそが真の救済だ~
とする主張も飛び出す始末で・・・早い話が「罵り合い」?もどきの
様相すら呈するようになったのです。


比叡山52 石山本願寺合戦51








    比叡山延暦寺焼き討ち     本願寺鉄砲隊「石山軍紀」国会図書館

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最も分かりやすい例を、他宗派を完膚なきまでに批判した
日蓮宗宗祖・日蓮の「四箇格言」に見ることができます。
「真言亡国・禅天魔・念仏無間・律国賊」
(しんごんぼうこく/ぜんてんま/ねんぶつむけん/りつこくぞく)

簡単に言うなら、他宗派をこう批判しているわけです。
○本来の主人である釈迦や法華経を卑下するがごときの
  真言宗は国を滅ぼしてしまう教えである。
○「不立文字」(文字では伝えきれない教え)などと称して、経文を
  軽視する禅宗(臨済宗・曹洞宗)は天魔(悪魔)の所業である。

念仏以外の自力の修行を非難する浄土宗・真宗・時宗を
  信じていては「無間地獄」へ落ちるぞよ。
○教えが古すぎてむしろ人々を惑わせてしまうのが(唐招提寺
  など)
であるから、それを説く律僧はまことに国賊である。
○よって、「日蓮宗」を信じることこそが真の「救い」に直結する。

なんとも自信に満ちた見解?もしくはツッパリですが、客観的に
みるなら、そこにいささか強引な理屈が展開されているのも
また事実です。
まあ信仰・宗教というものは、本質的にこうした「我田引水」的な
性癖?を備えているということなのでしょう。

こうして口で「罵り合って」いるうちはまだしも、ずっと後の16世紀
頃にはこれが過激な「内ゲバ」抗争?へと発展していきました。

1532年(天文元年)のこと、日蓮宗徒が一向宗(本願寺)寺院を
焼き討ちし、一向宗本拠の山科本願寺は全焼。
1536年(天文5年)には、これまでの経緯で少なからずシコリを
残していた比叡山延暦寺が京都法華宗の撃滅へと乗り出し、
なんと21もの日蓮宗の寺を襲っています。

もちろんこれだけに留まらず、この他にも数多くの抗争?戦争?
が展開されたのですが、やられたら武力をもって“倍返し”?・・・
これはもうほとんどマシンガンを振り回す“ギャング”の世界の
お話ですから、当時の“武装“宗教勢力は現在の平和な
「お寺様」の姿からは想像もできない傲慢さ?横暴さ?を備えて
いたことになります。

結局、こうした騒乱の収拾は織田信長(1534-1582年)の登場を
待たなければならず、「比叡山焼き討ち」(1571年)や、11年の
長きに渡った「石山(本願寺)戦争」(1570-1580年)を経た末に、
ようやくのことその終焉を迎えることができたわけです。

~信仰・宗教の世界は心穏やかな人達によって支えられている~
こうした意識は、信長以降の牙抜きされた信仰・宗教の姿しか
思い浮かばない現代現代人の心優しい、しかし根本的な
「誤解」?というべきものなのかもしれません。

そう、ちょうどワタシが最初に“MERS”(マーズ)なる言葉に触れた
ときから、その後もず~っと、それを“MARS”(マーズ)のことだと
「誤解」していたように・・・ ※MERS:中東呼吸器症候群/MARS:火星




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---これまでの 「ツッパリ」 シリーズ---------------
279 日本史の「ツッパリ」14 此の世をば”灰左様なら” 本心か?矜持か?
272 日本史の「ツッパリ」13 古事記と漢字廃止 世界に冠たるハングル?
223 日本史の「ツッパリ」12 筋を通せばクビが飛ぶ 至誠は天に通じない?
183 日本史の「ツッパリ」11 切腹がなぜ名誉なの? それが武士の面目だ!
173 日本史の「ツッパリ」10 五尺の体にみなぎ気迫 大和魂か蛮勇か?
144 日本史の「ツッパリ」09 ♪地球の上に朝が来る 驚天動地の新神様!
132 日本史の「ツッパリ」08 釜かぶり今昔物語 どうせなら最期もド派手に!
126 日本史の「ツッパリ」07 天武系百年のストレス人生 薄幸と断絶の結末!
109 日本史の「ツッパリ」06 心頭滅却すれば・・・ 心の持ち方が肝要なのだ!
070 日本史の「ツッパリ」05 黄門様のあてつけ 綱吉クンこれが出処進退だ!
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050 日本史の「ツッパリ」02 崇徳の憤懣遺言 その憤りは昭和も続いていた!
037 日本史の「ツッパリ」01 金銀入歯組 男だては決してラクではないゾ!
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