日本史の「陰謀」34 神の子孫を超える工夫

昔々のお話です。
自分が属している集団がもし弱かったとしたら、時として自らの生命にリスク
を背負い込むことにもなります。
そのため、集団としては誰もが強いリーダーを望むものです。

そして、そうしたリーダーを擁した個々の集団同士もまた、淘汰や離散集合
あるいは切磋琢磨などを繰り返し、それと同時にそのリーダーの権力の方も
増幅していったと思われます。
リーダーが優秀なほど、その集団の安全安心が担保されるからです。

そして、日本の場合なら、そうしたバトルロイヤル(生き残り戦)の末に、
最後に勝ち残った者こそが、後に天皇と呼ばれることになる血統でした。


 amaterasu_susanoo_51.jpg 天照大神

そして、その後にはこんな信仰も定着していきました。
~天皇になれる者は天照大神の万世一系の子孫だけである~
早い話が、この信仰は、こんな新常識が誕生したことを示しています。
~大王(天皇)の座を巡ってバトルロイヤルを演じるなんてことは、もう
 時代遅れで噴飯物である~


歴史を顧みる限りにおいては、どの時代の実力者たちもその線からはみ出す
ことはなかったように見えますから、この常識?信仰?が打破されることも
なかったと言えるかもしれません。
しかし、だからと言って、それに対する「抵抗」もどきの動きがまったく
なかったというわけでもありません。

たとえば、平安時代中期の頃に、天皇を凌駕する栄華を誇った藤原氏
そうでした。
天皇を補佐する役割の摂政や関白、はたまた血縁的には天皇の外祖父の立場に
立つことで、天皇の権力の一部を手にしたのです。

しかし、藤原氏の人間がそのまま天皇そのものになる、ということはついに
実現しませんでした。 
その理由はいたって単純で、藤原氏は「万世一系」から外れた血筋にあった
からです。

外国なら、王家を凌ぐ力を備えた者がその王を倒して自分が王になり代わる
なんてことはそれほど珍しいことでもなく、むしろ極々普通の姿と言って
いいのでしょう。
ですから、それをしなかった日本の藤原氏の経緯はいささか異様にも映る
ところです。
ですから、これもまた~日本の常識は世界の非常識~の一例ということが
出来るのかもしれません。

平安時代の藤原氏だけではありませんでした。
その後、つまり平安時代に入ってからのことになりますが、第50代・桓武天皇
以降の朝廷は、藤原氏による荘園(脱税用私有地?)経営によって財力は
搾取され続け、また、朝廷自らも軍事力の放棄を望み、それを実行した
ことで、すっかり丸腰になってしまいました。

そうした反面で、武装農民(武士)階級が次第に力をつけていき、武力は
もちろん、中にはとんでもない財力を有する者も現れるようになったのです。

武士である平清盛(1118-1181年)がそのいい例で、彼は寺の本堂である
三十三間堂を建立し、これを朝廷・後白河法皇(1127-1192年)に気前よく
寄付しています。

しかし、そんな状況にあってさえ、清盛の心には、朝廷を滅ぼして自分が
その立場に取って代わることは浮かびませんでした。
自分が「万世一系」外の血筋であり、その資格がないことを、武士身分の
清盛は自覚していたからでしょう。
ですから清盛は、平安時代の藤原氏と同様に娘を天皇に嫁がせ、その外祖父
になることで権力を保持する方法を選んでいます。

実はこの清盛だけでなく、そのあとに登場した武士・源頼朝(1147-1199年)
も、また同様に朝廷に取って代わるという思想を持ち得ませんでした。
武家政権・幕府という、まったく新しい政治システムを構築し、しかも
その長の立場に立ちながら、朝廷に代わり全権力を掌握する思想には
至らなかったということです。

やはり頼朝もまた、~天皇になれるのは天照大神の子孫だけ~という日本特有
の信仰のガチガチな信者だったということなのでしょう。
その代わりということなのでしょうか、頼朝は自分の娘・大姫を入内させる
ことで朝廷の一員に加えられることを強く望みました。
もっとも大姫の若い死によって、その望みが叶うことはありませんでしたが。


 oda_nobunaga_zou_52.jpg aduchijyou_bunkamura_51.jpg
 織田信長像 / (再現)安土城 

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ではそれ以後、朝廷から外れた位置にいる者が、天皇以上の権力を持つことを
すっかり諦めてしまったのかといえば、そうでもありませんでした。
室町幕府第三代将軍・足利義満(1358-1408年)はこんな目論見を抱いたフシが
あるからです。

~ああじゃこうじゃとややこしく考えるより、自分の息子を天皇に就かせる
 なら、これが一番しんぷるであり、一件落着ではないか~

こう考えたことに直接的な証拠はありません。
それはある意味当然で、そんなものが残されていたなら、とっくに定説に
なっているでしょうからからね。

ただ傍証として、こんなことが指摘されているのは事実です。
○1404年末頃より義満は、自身に対し「太政天皇」の尊号が贈られないかと、
 朝廷に働きかけていた事実がある

○息子・義嗣(1394-1418年)の元服式(1408年)に対して、義満は
 立太子の意図を持たせていたようにも見える。
 →将軍家の加冠役は父親か管領が務めるのが通例であり、義嗣の折の
  公家の加冠役はきわめて異例だった。

○直前まで元気溌剌だった義満が元服式の二日後になって、急に病に倒れ、
 その後わずか十日ほどで死去に至っている。
 →極めて不自然な死に方であるため、暗殺も疑われる。


つまり、こういう解釈もできるということです。
~天皇になることができる者は天照大神の万世一系の子孫だけである~
この信仰を無視するような邪悪な不信心者に、「天罰」?を下した者がいて、
つまり、この目論見も完全な失敗に終わったということです。

ところが、さらに後世の戦国時代に入ると、こうした「天照大神の子孫」と
いう天皇の権威を、これまでとはまったく別の方法で乗り越えようとした
人物が登場したのです。 尾張・織田信長(1534-1582年)です。
信長は、これまでのような遠回りな方法、あるいは姑息な手段には目も
くれませんでした。

こう考えたからです。
~天皇の補佐役、天皇の親戚、天皇から政務委託を受けるなんてことは、
 結局は天皇の下に就いているだけのことだしよぅ、その天皇だってよぅ、
 煎じ詰めれば神の「子孫」ってことを絶対のウりにしとるらしいなぁ~

尾張の人間ですから尾張言葉になるのは当然です。

~その「天照大神の子孫」って立場が理屈抜きにエライというならよぅ、
 子孫ではにゃあて神そのものならもっとエラいのではにゃあきゃあ~

で、信長は自らが「神の子孫」よりもっとエライ「神そのもの」になることを
目指しんということですが、そうそうヨタ話でもなさそうです。 

こんな傍証もあるからです。
○宣教師ルイス・フロイスの記事。
 ~信長は自分の誕生日に安土城下の総見寺で、同所に置いた己の神体を
  拝むよう、貴賤を問わず人々に強要した~

○安土城の構造。
 ~天皇をお迎えするための行幸の間は、文字通り信長が眼下に見下ろす
  位置に設けられた~


さらに信長は、実際の政治の世界でも天皇を超える努力をしていました。
を決定するなど、時間の支配に関わることは昔の昔から朝廷の重要な役割に
なっていました。 ところが、
~信長は朝廷が作成した宣明暦(京暦)の代わりに、尾張国などで使用して
 いた三島暦の採用を要望した~


つまり、朝廷による暦の決定権に介入したということです。
ただ、「神の子孫」(天皇)より「神自身」(信長)の方がエライと思って
いる信長からすれば、僭越な介入どころか親切なアドバイスほどの気持ち
だったのかもしれません。
~なぁに、神の子孫(天皇)より神自身(信長)の方がエライに決まっとる
 んだでよぅ、今度のことはそう恐縮せんでもええでぇ~




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