日本史の「謎解き」32 俳諧師弟テクテクほそ道

ネットの徘徊中にたまたま出くわしたWikipedia『おくのほそ道』は、ざっと こんな説明になっていました。 ~おくのほそ道(奥の細道)は、芭蕉が崇拝する西行の500回忌にあたる  1689年(元禄2年)に、門人の河合曾良を伴って江戸を発ち、奥州、北陸道を  巡った旅行記である。  全行程約600里(2400キロメートル)、日…
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日本史の「誤算」16 三日三月三年限りの栄光

「三日坊主」とは、修行に耐えられず三日で還俗してしまう僧侶(坊主)のこと から生まれた言葉だそうです。 何をしても厭きっぽくて長続きしないことや、またそのような人のことを 嘲っていう時に割合よく使います。 ちなみに還俗とは、一度出家した者が再び俗人に戻ることを意味していますし、 また、この場合の「三日」とは一日二日三日と指…
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日本史の「発明発見」27 お茶ルネッサンスの仕掛人

「教養の高さ」だと信じていたことが、ドッコイ「思い込み」に過ぎなかった。  こうしたことも少なからずあるものです。 つい先日も、筆者はそれにはまってしまいました。 それは何人かでの他愛もない雑談の折のことでしたが、何を血迷ったものか 「お茶」というなんとも高尚な話題に飛んでいったのです。 そんならそれなりの教養を披露しなく…
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日本史の「災難」17 ウップン全開放の箇条書き

平手政秀(1492-1553年)は、尾張の虎とも呼ばれた織田信秀(1511-1552年) と、その嫡男・信長(1534-1582年)の二代に仕えた人物でした。 ところが信秀が死ぬと後を追うように自刃しています。 その理由については、 ○信秀亡き後の織田家の派閥争いが原因 ○後継者となった信長とは以前から反りが合わなかった …
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日本史の「数字」08 お歴々は五世孫を主張した

北アメリカや南アメリカ、あるいはオーストラリアなど海外に移住した日本人 (日系人)を指して「日系○世」という表現が用いられることがあります。  その場合、たとえば「二世」ならこのような説明になります。 ~(海外移住した)いわゆる「一世」を親とする世代の日本人(日系人)を表す  言葉で、その一世の孫世代ないし二世の子供達は「三世」…
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日本史の「微妙」18 五つ色と五つ輪の四方山話

漢字ばかりが配列されたこの文章を読めますか? ~初春令月 気淑風和 梅披鏡前粉 蘭薫珮後之香~ 実はこれ万葉集「梅花の歌三十二首序」にある文章で、その読み下しは こうなるようです。 ~初春の令月(れいげつ)にして、気淑(よ)く風和ぎ、梅は鏡前の粉を披(ひら)き、  蘭は珮後(はいご)の香を薫す~ 普段見聞きしている文章に…
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