日本史の「発明発見」27 お茶ルネッサンスの仕掛人

「教養の高さ」だと信じていたことが、ドッコイ「思い込み」に過ぎなかった。 
こうしたことも少なからずあるものです。
つい先日も、筆者はそれにはまってしまいました。
それは何人かでの他愛もない雑談の折のことでしたが、何を血迷ったものか
「お茶」というなんとも高尚な話題に飛んでいったのです。

そんならそれなりの教養を披露しなくっちゃ。
肩に力の入った筆者は、
~日本に「お茶」を伝えたのは、僧・栄西サンなのだぁ~
心底そう信じていましたから自信満々の発言です。


 eisai_01.jpg 栄西禅師

もっとも、その段階で筆者が承知していたことは、ほぼほぼ栄西サンの名のみ
でしたから、後で承知したことにも少し触れておきましょう。
~明菴栄西(みょうあん えいさい/ようさい 1141-1215年)は平安時代末期から
 鎌倉時代初期の僧。 日本における臨済宗の開祖、建仁寺の開山。
 天台密教葉上派の流祖。 字が名菴、諱が栄西。~


こうなるとその「臨済宗」についても知っておく必要がありそうです。
~宋時代の中国に渡り学んだ栄西らによって日本に伝えられた。
 日本仏教においては禅宗※のひとつで、また鎌倉仏教の一つ。~

※臨済宗・曹洞宗・日本達磨宗・黄檗宗(おうばくしゅう)・普化宗(ふけしゅう)

横道に逸れましたが、筆者の自信満々の発言、
~日本に「お茶」を伝えたのは、僧・栄西サンなのだぁ~に待ったの声が
かかったのです。
~それは違うでぇ、「お茶」の日本伝来はもっともっと早い時期のはずだでぇ~

もっとも、その発言の主も詳しいことは知らず、問答はこの段階でお預けに
なりました。
ところがそんな経験があったあと、ひょいとこんな文言にぶつかったのです。
~(栄西)は廃れていた喫茶の習慣を日本に再び伝えたことでも知られる。~
ゲッ、「再び」とされている以上は「初めて」ではないことになります。
どうやら、これが鎌倉時代初期の1191年のことらしい。

筆者にとっては「あれぇ!」で、まったく意表を突かれた説明です。
こうなると「お茶」について、ちょいと探ってみなければなりません。
すると、出合い頭にこんな文言に衝突したのです。

~(第52代)嵯峨天皇(786-842年)の近江行幸の際、梵釈寺の僧・永忠
 (743-816年)が茶を煎じて献上した。~

しかも、そこにはこんなダメ押しの文言も。
~永忠は在唐35年の後、805年に帰国しており、この時に茶樹の種子あるいは
 苗を持ち帰ったと見られる。~


そういうことなら、「これにて一件落着ッ!」とばかりに一旦は喜んだものの、
すぐさま別の説明にも遭遇します。
~805年に唐より帰国した最澄(767-822年)が茶の種子を持ち帰り、比叡山
 山麓の坂本に植えたことに始まると言われている。~


永忠は留学していた最澄の世話をし、ともに帰国(805年)したそうですし、
また空海(774-835年)も茶に親しんだことが記されているようですから、
いずれにせよ、お茶が日本へ持ち込まれたのはこの時期のことに間違い
なさそうです。

ということなら、次にこんな疑問が浮かぶのは当然です。
~では永忠・最澄が持ち帰ったとされるこの805年から、栄西が「再び」お茶を
 持ち帰るまでの300年ほどの間、日本ではお茶がなぜ廃っていたのか?~


その答えを探すには、「お茶」というものが何であるかということを知る
必要がありそうです。
ところが、現代生活では自販機でも簡単に「お茶」が買えてしまえるほど、
あまりにも身近なものになっているために、そもそもが「お茶」に対して
疑問を持つことさえありません。
では、改めて・・・お茶っていったい何ですか?


 tea_no_ki_01.jpg eisai_kissa_youjyouki_01.jpg
 茶の木 / 喫茶養生記(栄西)
 
 応援クリックを→ にほんブログ村 歴史ブログ 日本史へ ←にほんブログ村



実も蓋もない言い方をすれば、不味い飲料水でもなんとか飲めるようにする
ための添加物に他なりません。
そのままでは「飲料水」として飲むには、ちょっとばかりツライ覚悟が必要
なので、加工・味付けすることで、何とか飲めるようにするためのものが
「お茶」だったということです。

ちなみに「飲料水」とは、こう説明されています。
~飲料水は病原微生物や有毒物質を含まず、無味・無臭・透明が求められ、
 一般に水道水、湧水、流水、井戸水などを用いる。~


そして、この人間が飲む水、すなわち「飲料水」が、飲む側の人間にとって
メッチャ不味いものであることは、中国はもちろんのこと、ほぼほぼ世界中
どこでも常識として共通していました。

ところが、日本だけはその世界常識を超越した環境を備えていたのです。
これは、国土の中央部に背骨状の高い山々が連なるという、独特の列島構造に
よるものでしょうが、世界の常識に反し、日本の飲料水(湧水・流水・井戸水)は
豊富で、しかも結構美味かったのです。

そうした「自然の飲料水」は、自然破壊が進んだ.21世紀の現代でも各地に
ありますから、今から何百年も前の時代ならなおさらのことです。
こうした環境にあっては「お茶」が注目を浴びることはありません。
だって「美味い飲料水」は身近に、それこそ文字通りに湧いて出ているから
です。

「お茶」を使う必要はサラサラない。
ということは、日本で「お茶」が廃っていったとしても、それは歴史の必然に
従った当然の成り行きということでしょう。

その死後、天満天神として信仰の対象となった菅原道真(845-903)もこんな
証言?を漏らしています。
~遣唐使が停止されてからは唐風のしきたりが衰え、茶も廃れていった~
そんな状況に陥りながら、栄西の時代に再注目を浴びたのは何故でしょうか。

この時代の飲料水が極端に拙かったという記録もないようですから、
別のところにその理由があると考えられます。
そこで突き当たったのが、栄西御本人の著書『喫茶養生記』(1214年)です。
上下二巻からなり、時の鎌倉第三代将軍・源実朝(1192-1219年)にも
献上されましたから、それなりの格式を備えた本だったのでしょう。

その本の中で、栄西は喫茶の栽培法・製法はもちろんのこと、さらには
こんなとことにまで触れています。 
~喫茶による健康管理、諸病の治療法~
えぇ、「不味い水を美味くする」ということでは見向きされなかった昔が
ありますから、今度の栄西は「お茶」の健康飲料・サプリメントとしての
効能面を強調したのでしょう。 これが人気を呼んだようです。

では薬といっても、何の薬になるの?
茶を飲むことで体内にはその成分・カフェインが取り込まれます。

そのカフェインには、中枢神経を覚醒させ、疲労や眠気を軽減するばかりで
なく、学習と記憶にも影響を与え、さらには解熱鎮痛作用、強心作用、もっと
言えば、集中力、運動コントロールを向上させる効能がありますから、モロに
「薬」という受け止めになります。

ですからおそらくは、栄西のような僧たちも愛用したことでしょう。
だって、かなり修行を積んだ僧であっても、座禅をし続ければやっぱり眠く
なってしまうこともあるからです。 
でも、その眠気を「喫茶」によって軽減できるということです。

また、こんなことも薬の効果として受け入れていたようです。
茶による精神刺激薬・運動コントロール面での効能・作用で、これは
戦場において少なからず利用された場面もあったことでしょう。

ところが、栽培が普及していくと、この「お茶」は次第に嗜好品としても
受け入れられるようになっていきます。
それまでにはなかった「オシャレな飲料」あるいは「トレンディな飲料」と
いう感覚が人気を呼ぶようになったということです。

そしてそうした中から、湯を沸かし、茶を点て、茶を振る舞う茶の行為、
いわゆる茶道(さどう、ちゃどう)が生まれ、その日本独特の儀式・芸道が
安土桃山時代に完成に至っています。

元はといえば、不味い飲料水をなんとか飲めるようにするための材料だった
「お茶」。
それを儀式・芸能にまで発展させたのは、おそらく日本民族だけでしょう。
その意味でも、~日本人の常識は世界の非常識~




 応援クリックを→ にほんブログ村 歴史ブログ 日本史へ ←にほんブログ村



--直近の記事---------------------------
672 日本史の「大雑把」06 三英傑のキリシタン対応 宗教弾圧か祖国防衛か
671 日本史の「落胆」08 巨魁か凡庸かその実像 頼朝の生涯を再検討する
670 日本史の「事始め」22 平和のコツを体験学習 女子力が平和を支える
669 日本史の「女性」27 皇統維持は超ウラ技で 万世一系もラクではない
668 日本史の「微妙」16 神自身と神の子孫の距離 神のDNAを継承した者
667 日本史の「列伝」14 三像のモデルはどなた? 時代により比定も変化
666 日本史の「トホホ」31 白村江ボロ負けの恐怖 次は日本が標的になる
----------------------------------
ヤジ馬の日本史~超駄級・700記事一覧~ №601-699編 貧乏ヒマな史!
ヤジ馬の日本史~超駄級・600記事一覧~ №501-599編 だがしか史!
ヤジ馬の日本史~超駄級・500記事一覧~ №401-499編 満腹握りめ史!
ヤジ馬の日本史~超駄級・400記事一覧~ №301-400編 颯爽ろくでな史!
ヤジ馬の日本史~超駄級・300記事一覧~ №202-299編 堂々肩すか史!
ヤジ馬の日本史~超駄級・200記事一覧~ 後編「な→ん」巻 あゝ七転八倒!
ヤジ馬の日本史~超駄級・200記事一覧~ 前編「あ→と」巻 七転び八起き!
----------------------------------

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント