日本史の「冗談?」20 首のためなら領国なんぞ

新年早々の新聞にこんな記事を見つけました。
~(市は)松山城の天守や内門など計17カ所に、とがった物で線を付けた
 ようなひっかき傷があったと発表した~
 さらには、
~内壁や柱に6カ所の傷があった天守は、国の重要文化財に指定されている~
思い出してみれば、筆者もその昔に訪ねたことのあるお城です。

そこで「松山城」のホームページを辿ってみました。
すると、「創設」の項目にはこんな説明が。
~松山城の創設者は加藤嘉明です。
 嘉明は羽柴秀吉に見出されてその家臣となり、20才の時に賤ヶ岳の合戦に
 おいて活躍し、七本槍の一人としても有名となりました。
 慶長5年(1600)の関ヶ原の戦いにおいて徳川家康側に従軍し、その戦功
 を認められて20万石となります~


 matsuyama_jyou_01.jpg 松山城

そうそう、豊臣秀吉子飼いの武将として有名は加藤清正(1562-1611年)や
福島正則(1561-1624年)などが名を連ねる、いわゆる「賤ケ岳七本槍」の
一人がこの加藤嘉明(1563-1631年)だったことを思い出しました。

~そこで嘉明は同7年に道後平野の中枢部にある勝山に城郭を築くため、
 普請奉行に足立重信を命じて地割を行い工事に着手します。
 翌8年(1603)10月に嘉明は居を新城下に移し、初めて松山という名称が
 公にされました。
 その後も工事は継続され、四半世紀の後にようやく完成します~


そうか、「松山城」も加藤嘉明の仕事なら、勝山という地名を「松山」に
改めたのも嘉明の仕事だったのか。 さらには、こんな文言も続いています。
~しかし嘉明は松山にあること25年、寛永4年(1627)に会津へ転封される
 ことになりました~

あれれ、24年も費やしてやっと松山城を完成させたその年に会津へ移封
されたのか。

そこで、さらに追ってみたところ、この「会津時代」の加藤家に起きた
いささか突飛な出来事に遭遇したのです。
~嘉明の死後、家督は無事嫡男の明成(1592-1661年)が継承した~
ここまではごくごく普通の経緯と言ってよさそうです。

ところが、新藩主・明成と先代・嘉明の時代から仕える重臣・堀主水
(1584-1641年)とは反りが徹底的に合わなかったようです。
戦国を生き抜いていた猛者でもある堀は先代・嘉明から「采配」を授かった
ほどに信頼が厚かったこともあって、新藩主・明成に対しても確たる姿勢を
貫きました。
「采配を賜った」ということは、いわば主君・嘉明の代理人ということに
なるからです。

ですから、
~先代も亡くなったのだから、坊ちゃま気分を卒業してもらわねば~
そのように仕向けることが、つまりは先代・嘉明の御恩に報いることだと、
堀自身は考えたのかもしれません。

しかし新藩主・明成にすれば、筆頭家臣である堀のそうした態度は、
~オヤジ代わりの気分かもしれないが、なにかと鬱陶しいこっちゃ~
となります。
しかし、両人とも一応はオトナですから、その後しばらくは、まあそれなり
に主君と家臣の立場を保ち続けたようです。

もっとも「一応はオトナ」と言えたのは八年間ほどだけで、それまでの
軋轢が一気に爆発する時がきました。 明成が、
~ああじゃこうじゃと口うるさいことだ。 ボクはボクのやり方で進むのだ~
こうした気持ちを行動で示したということでしょう、父・嘉明が堀に授けた
采配を取り上げたのです。
こうなったしまえば、堀の頭に血が上らぬはずがありません。

~先代・嘉明様はワシの能力を評価して采配まで授けられた。
 なのに、それを取り上げるとは、明成様よ、ワガママ坊ちゃまぶりも
 いい加減にしなさいよ~
 
よほど腹に据えかねたのでしょう、脱藩です。


 katou_yoshiaki_01.jpg shizugadakeno_tatakai_01.jpg
 加藤嘉明 / 賤ケ岳の戦い(1583年)

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だから、脱藩しちゃう。
こうした経緯もいささかオトナ気がない印象ですが、この後の元主君・明成と
元家臣・堀主水、双方の言動にも常軌を逸したものがありました。

まず、堀の脱藩ぶり。
1639年のこと、なんと一族郎党を引き連れ三百人ほどで白昼堂々城門を
出るや、そればかりか城に向けて一斉射撃を部下に命じたのです。

弾は届かなかったとはいうものの、そんな光景を目の当たりにすれば、
今度は城方の者の頭に血が上ります。
~なんじゃあ、こりゃあ、討伐隊を繰り出して一網打尽にしてやるッ!~
しかし、戦上手の堀に悠々と国境を越えられてしまったのです。

この頃江戸にいた明成は、この経緯を聞いて激怒、激怒の大激怒。
~こんなことを放っておいたのでは大名としてカッコウが付かんッ!
 何が何でも堀をとっ捕まえて思い知らせねばならぬッ!~


ところが、堀もさる者引っ掻くもの。
足手まといになる妻子を、大名も手の出せないお寺に預け、当人たちは
高野山に逃げ込みました。
~いかに大名といえども、この霊場・高野山までは討手を送り込めめぇ~

ところが、それで諦めるような明成ではありませんでした。
幕府に願い出たのです。
~高野山での堀主水捜索をお許しいただきたいッ~
幕府はこれを許可しませんでしたが、堀を高野山から追放するようには
計らいました。

ダンマリを決め込んでいたのでは、主君に逆らう家臣の存在を幕府自らが
認めた形になり、そのこと自体が幕府にとってもメッチャ都合の悪い。
ところが、堀とておとなしく高野山から出てきたわけではありません。
こんな訴えをしたのです。 
~加藤明成は幕府に対して謀反の気持ちを抱いておりますゾ~

幕府がこの言い分を認めることはありませんでした。
先代・加藤嘉明に対する信頼が厚かったからでしょう。
そこで、ようやくのこと堀主水の身柄は加藤明成の手元に。
~さぁて、一斉射撃脱藩の御礼に、どのようにいたぶってやるかなぁ~

当たり前の殺し方では溜飲が下げられないと思ったのか、明成が選んだ
方法は「現(うつつ)責め」でした。 
何ですか、その「現責め」って? こんな説明になっています

~江戸時代に行われた、睡眠をとらせず夢うつつの状態を続けさせて白状
 させた拷問~

具体的にはこんな方法を取ったようです。
~縛り上げた堀主水を輿に乗せ、昼夜を分かたず揺り動かす~

その体験がない筆者にはいまいちピンときませんが、昔の昔から最も
苦しい拷問の一つとされているようです。
言われてみれば、わずかな静止も休息もないわけですから、その通りなの
かもしれません。

かつては戦場を駆け回っていた堀も、さすがにこの拷問には音を上げました。
しかし、それでも堀は、明成が欲していた謝罪の言葉を一切吐くことが
なかったようで、そこで、ついに斬首の刑と相成りました。

では、一連の騒動がそれで一件落着となったのかと言えば、さにあらずで、
明成はさらにややこしい方向へと突っ走っていったのです。
まずは、寺に匿われていた堀の妻子を幕府に無断で強奪し、その上に全員を
処刑しました。

そうなると、今度は顔を潰された幕府がプッツン。
明成を見限りました。 
つまり、取り潰しとか国替えも視野に入れたということです。

明成自身にも幕府のそうした空気が読めたのでしょう。
そんな幕府に先回りする格好で、こんな申し立てをしました。
~病のせいで大藩を維持できないので、領国を幕府に返納します~
坊ちゃま気質わがまま気質が顔を出したということでしょう。

「駄々をこねる」というのか、幕府に対する「当て付け」というのか、
それはともかく、結果として四十万石の大名の座を投げ出してしまった
のです。
堀主水という一人の人物の首を、四十万石の領国と「交換」したような
ものですから、まことに冗談のような史実ではあります。

ちなみに、一連の経緯は「会津騒動」(1639-1643年)と呼ばれています。
ただし、冒頭に出した「松山城」の話題とは直接の関連はないお話になって
しまいまして、この点はどうか悪しからず許せや。




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