日本史の「ツッパリ」28 誤りは常に相手にあり

母子2人の死亡ほか9人に重軽傷を負わせた東京・池袋の車暴走事故
(2019年4月)は、まだまだ記憶に新しいところです。
加害者の自動車に搭載されたドライブレコーダーには、その事故の前後の様子
が録画されていました。

それによると、こんな状況だったようです。
~加害者は制限速度を超えるスピードでカーブに進入し、前方のバイクや車を
 追い越すため、何度も車線変更(蛇行運転)をした末に、カーブ付近で
 金属製の柵、縁石に衝突した~


ここで停車できればよかったのですが、そうはならず、
~そのままパニックとなり、制限速度を大幅にスピードで交差点に進入し、
 ごみ清掃車両と衝突して横転させ、なお暴走しながら複数の横断歩道で
 周囲の自転車・歩行者などを多数巻き込み、反対車線に停車していた
 トラックと衝突して停止した~


 ikebukuro_jiko_irei_01.jpg 東池袋自動車暴走死傷事故/慰霊碑

この運転者は、同乗した妻とフランス料理店の予約に急ぐ途中でした。
「死傷者11人」という被害者の多さの上に、加害者の運転者が「87歳」という
思いがけない状況は、関係者のみならず一般の人たちにも大きな衝撃を与え
ました。
「東池袋自動車暴走死傷事故」との独自の名称が付けられたのも、そうした
背景があってのことでしょう。

当初、運転者は「ブレーキが利かなかった」と述べています。
ところが、事故後の事情聴取の折にはこんな言葉も使ったようです。
~パニック状態になり、ブレーキとアクセルを踏み間違えた可能性もある~

事実、運転者は片方の足の具合が悪い上に、手足の震えや筋肉のこわばりが
起きる症状を抱えていた疑いがあったこと。
さらには、医師から「運転は許可できない」と伝えられていたことも明らかに
されました。

ところが、裁判になると運転者の言い分は豹変します。
~車になんらかの異常が生じたために車が暴走してしまった~
しかし、警視庁はおよそ7ヵ月に及ぶ捜査の末に、車の機能には異常が
なかったことを確認し、こう断定しました。
~事故原因はアクセルとブレーキの踏み間違いである~

これが正しいとすれば、運転者は事実と異なる主張を続けていたことに
なります。 ~誤りは決して自分の側にはなく相手の側にある~
言葉を換えれば、~私に落ち度はあり得ない/誤りは常に相手にある~
この姿勢を「自己の無謬性」と評した人がいます。

そこで、普段の会話ではめったに使うことのない、その「無謬」(むびゅう)
という言葉が気になり、ちょっと調べてみました。
~理論や判断に間違いがないこと~ このように説明されていますから、
別の言葉なら~私に落ち度はあり得ない/誤りは常に相手にある~

それにしてもエラく強気な構えだなぁと思い、その運転者の経歴もちょいと
覗いてみて、ここでもまたビックリ。
世界的な研究者であり、その分野で数多の賞に輝いたばかりでなく、叙勲も
受けたエリートもエリート、断トツエリート族だったのです。

そこで感じたのですが、
~なぁるほど、超エリートと評されるような方々は少なからず「自己無謬性」
 という性癖をお持ちなのかもしれないなぁ~


なぜなら、それまでの人生において自分の思い通りにコトが運ばなかった、
要するに挫折もどきの経験は、他の者に比べて圧倒的に少なかったはず
だからです。 これがワンサカ多かったなら、エリートには到達できなかった
でしょうから当然の理屈です。

逆に言うなら、こうした挫折経験にタップリ恵まれた人間、つまり筆者や
アナタのことですが、そうした人間どもにはこの「自己無謬性」という概念が
分かりにくいのかもしれません。


matsudaira_sadanobu_05.jpg tanuma_okitsugu_01.jpg
 朱子学原理主義者?松平定信 / 商業重視政策・田沼意次 

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この加害者の経歴言動と自己無謬性という言葉から、筆者の頭にひょいと
浮かんだのが、江戸中期の老中・松平定信(1759-1829年)でした。
なにせ八代将軍・徳川吉宗の孫であり、一時期は将軍候補者と目されていた
(異説もあり)人物ですから、間違いなしにエリート中のエリートです。

しかも、自身が取り組んだその政治は、後世になって「寛政の改革」という
カッコイイ名称が冠されるほどに高い評価を受けてもいます。
その上に、地元・白河藩では掛け値なしの「名君」とされていたのですから、
まさに岩盤エリートと言ってもいい人物です。

定信は幕府の公式学問である朱子学の徒、というよりはむしろ朱子学原理
主義者ともいうべき思想の持ち主でした。
朱子学は身分秩序(士農工商)を重視し、また貴穀賤金を鉄則とします。 

ちなみに、この「貴穀賤金」とは字面の通り、
~貴い米穀(農業)を重んじるべきであり、賤しい金銭(商業)に拘わる
 なんてのは、まともな人間のやることではない~
とする価値観で、
それを信念としていたことは、定信の別の言葉から明白です。

~商は詐なり~ (商売商業なんてものは詐欺もどきの行為である)
定信は自身のこうした正義感を強権をもって学術の世界にも持ち込みました。 
「寛政異学の禁」がそれです。
この場合の異学とは朱子学以外の学問のことですから、
~朱子学以外の学問に触れることは、えぇか、それ自体が犯罪なのだゾ~
という姿勢です。

老中の先輩格に当たる田沼意次(1719-1788年)に対する悪評の多くは
定信が発信源でした。
田沼は小姓から始まり側用人を経て老中にまで出世した、いわば「叩き上げ」
の人物です。

ですから、身分の尊卑に拘る定信には、叩き上げの人間が老中の座に就くこと
自体が許せません。 
自分のような選ばれた家柄の人間が就くべき地位だと考えているからです。
ましてや、「商は詐なり/貴穀賤金」を金科玉条とする定信にとっては、
商業重視の姿勢を崩さない田沼の姿勢は、もうほとんど「悪魔の所業」です。

決して大袈裟な話ではなく、実際定信は日記に「田沼のヤロウなんか殺して
やりたい」と書き残しているほどです。
ということは、定信からすれば、商業重視という朱子学違反?を犯した田沼を
バッシングすること自体が正義の行いという理解になります。 
~誤りは常に相手にある~からです。

また、林子平(1738-1793年)の著書「海国兵談」を発禁処分にもしています。 
~江戸の日本橋より唐、オランダまで境なしの水路なり~ つまり、
~日本から中国・オランダまで(つまり世界中の)海はひと続きになって
 おるのだから、海防はもっと充実させるべきだ~
 
世界中をひと続きにしている、その海に囲まれている日本の危険性を指摘し
警鐘を鳴らしたわけです。

しかし、定信はこの言動に腹を立て、「海国兵談」を発禁処分にしたばかり
でなく、その版木まで没収という厳しい処分に出ました。
定信の癇に障ったのは本の内容そのものよりも、むしろ子平の身分でした。

~(士農工商の士ではない身分の)医者の、そのまた弟風情の者が御政道に
 口を挟もうなどとは言語道断の仕業であるッ~
 という理屈です。
ちなみに、この「海国兵談」の中で、実は子平も貴穀賤金の考え方を
批判していました。
~金銭を卑しいものと決めつけるのは間違いで、生活を保つためには、
 穀物の次にはやはり金銭は必要なものである~


ですから、定信には、子平が、身分秩序もわきまえず、しかも朱子学の
基本さえ理解していない「無法者/無学者」と見えてしまうわけです。
つまり、~誤りは常に相手にある~
難しい言葉なら、最初に挙げた「自己無謬性」というところでしょうか。

蛇足ですが、著書の中でこんなことも言っています。
~このワタシはセックスの欲望に負けたことなんぞ、まったくないゾ!
 あんなことは子孫を増やすための行為にすぎないのだからナ!~


こんなことまで書くのは、おそらくはこんな見下した意識があったからで
しょうね。
~その点、君たちはその欲望にしっかり負けておるのじゃないのかえ?~
いらぬお世話だとケツを捲りたいところですが、そこは我慢するにしても
こんなニュアンスが伝わってきます。

~世の中には、これを我慢できないスケベ連中がひしめき合っているが、
 それをきっちり我慢できる自分(定信)はエラいっ!~

性欲に勝つの負けるのなんて基準?自体が、定信自身が持ち出した勝手な
モノサシに過ぎません。

そうしたことに気がつかないまま自画自賛しているのですから、端の目から
すればある意味滑稽であり、いささか可哀相な姿にも見えます。
でも、本人はそれを自慢気に書き残したのですから、そういう「清潔人間」
ぶりを知らしめれば知らしめるほど、人々の尊敬が集まるものと信じていた
のかもしれません。 
~私にメッチャ容易いことだけど、君らには到底できないだろうナァ~
いささかイヤミなエリート根性で、これもまた~誤りは常に相手にある~
アレンジ・バージョンということになるのかも。

えぇ、さぞかしご清潔なこの松平定信に比べたら、筆者なぞは「スケベ」の
仲間に仕分けされてしまうかもしれません。
しかしダ、これがアナタの場合だと、そこで留まるものではなく「ドスケベ」
に仕分けされるでしょうねぇ、えぇ、きっとなら。




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