日本史の「タブー」14 平安貴族のケガレ感覚

平安京に遷都された年から、朝廷側が武士身分である源頼朝に守護や地頭の
設置権を認めたときまでの期間(794-1185年)を、一般的には平安時代と
呼んでいます。
平安京が都だったことから「平安時代」という名称になったことは言うまで
もありません。

その「平安」とは、今風の言葉なら「平和」ほどのニュアンスになりますが、
時の第50代・桓武天皇(737-806年)は、その平和イメージに執着し、かなり
ドラスティックな政策を打ち出した天皇でした。
とりわけ驚かされるのは、朝廷自らが軍事力を手放したこと。
そればかりか、治安のための警察力にさえ背を向けてしまったことです。

戦争や犯罪など関連する仕事は穢れであるから避けるべきであり、それらに
関わらないが清浄な状態であり、また正しいと選択だと考えていたからです。
では、こうした対応で念願の「平和」が手に入ったかと言えば、世の中は
それほどに甘いものではありませんでした。
皮肉なことに桓武天皇の思惑とは真逆な状況を生み出していったのです。


 kanmu_tennou_61.jpg 第50代・桓武天皇

このあたりのことは、このように説明されています。
~9世紀を通じて朝廷は軍事力がない状態になった。
 その結果として、9世紀の日本列島は無政府状態となり、有力な農民が
 自衛のために武装して、武士へと成長することとなった~


そして、その武士がついには「守護」として必要な軍事力や警察力を、
そればかりか、「地頭」としても土地管理や治安維持、はたまた税徴収の
役割までも担うようになっていったのです。
ということは、朝廷公家は今まで自分たちが保持していた権力が次第に
奪われていく状況をぼんやり指を咥えて見ていたことになります。

こうした成り行きに朝廷公家が残念無念の思いを抱いたかと言えば、話は
逆で、むしろ喜んでいたほどでした。 そのココロは? 
実は、戦争や犯罪などの「穢れ/ケガレ」仕事から離れられることが
嬉しかったのです。

せっかくですから、その辺の日本民族特有の信仰心についても、少し探って
みます。
そうした信仰心は「ケガレ/キヨメ/ハライ/ミソギ」などの言葉で表す
ことができます。
もっとも、現代の日常会話ではそれほど頻繁に使う言葉でもないので、
その意味も再確認しておきましょう。

ケガレ(穢れ)/日本の禁忌(タブー)についての観念の一つ。 
        忌まわしく思われる不浄な状態のことで、病気・死・出産、
        女性の月経などのほか、戦争や災難や犯罪も含まれる。 
        浄化するには禊 (みそぎ)が必要。

キヨメ(清め)/罪や穢れや汚れなどの不浄を取り除き、清浄にすること。
ハライ(祓い)/災厄、穢れ、罪障などを祓って心身を清めること。
ミソギ(禊)/身体にある罪や穢れを、川や海の水に浸かって洗い清めること。

「記紀」によれば、イザナギノミコトが黄泉 国(死者の世界)から帰ったとき
流れで禊をし、その際には様々な神が生まれたとされています。
そして、その最後に左眼から皇祖神となる天照大御神、右眼からは月読命
鼻からは建速須佐之男命の三貴子が生まれました。

つまり、天皇家(朝廷)の皇祖神・天照大神は、究極の浄化行為である
「ミソギ/禊」の中で誕生したわけですから、清浄も清浄、超絶清浄な存在
ということになります。

ということなら、その御子孫である天皇家の方々(朝廷)や、その親戚筋に
当たる公家(貴族)の方々が徹底的に「ケガレ/穢れ」を嫌うことは、
分からないでもありません。

こういう方々からすれば、軍事とか警察なんて役目は、もうそれ自体が
「ケガレ/穢れ」の塊ということになりますから、自分たちの代わりに
武士にそうしたことを押し付けられるなら、むしろ嬉しいくらいのもの
だったということです。


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  逆説の日本史 4中世鳴動編 / 平安京

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そして、この文章です。
~ところが、時代が下って、内戦も外からの侵略もまったく考えなくてもいい、
 文字通り「平安」な時代になると、天皇も公家も一切武器を手にしなくなり、
 それどころか国を守る軍隊さえ「ケガレ」たものとして廃止してしまう。
 宮中に鳥の死骸が落ちていたので大騒ぎをして、天皇以下キヨメ(ハライ・
 ミソギ)を行ったというのは、この時代のことである。~

 井沢元彦著「逆説の日本史 4中世鳴動編 ケガレ思想と差別の謎」

ウワッ、鳥の死骸によって宮中が穢されてしまった。
さて、どんな「キヨメ(ハライ・ミソギ)」を施して、原状復旧させたらよい
ものか? それこそ上へ下への大騒ぎだったに違いありません。
その先にどんなキヨメ作業をしたものか、それを追ってみるのも面白いことに
は違いありませんが、筆者の頭にふとこんなことが浮かんでしまったのです。

~だったら、この時代の朝廷・公家のお歴々は魚を食べなかったのかしら?~
魚を食べるということは、ミもフタもない言い方をすれば「魚の死骸」を
食べることですから、ある意味「究極の穢れ行為」です。

要するに、鳥の死骸による「ケガレ/穢れ」で大騒ぎした方々なら、魚の死骸
にも同様な反応を示し、一切口にしなかったとしてもそうそう不思議なこと
でもないと思ったわけです。 
お話の方向性が変わって、まことに申し訳ないことなのですが、つまり、
~「ケガレ/穢れ」を嫌う平安貴族には魚を食べる習慣がなかったのでは?~

ところが、模索するうちに、こんな説明を見つけてしまったのです。
~(平安当時の)貴族が暮らしていた京都は、海から遠い場所にあったこと
 から、新鮮な海の幸を食べることは難しく、食卓に並ぶ魚は、川から獲れる
 淡水魚や魚介類・海藻などで、腐らないよう干物か塩漬けになっていた
 (ようだ)~

うわぁ、想像は外れ、平安貴族もしっかり魚を食べていたようです。

だったら、「死骸を食べる」という行為と「死穢忌避」の態度とは、どのよう
に折り合いをつけたのか?
注目すべきは刺身で食べていないことです。 それもそのはず。
魚を「刺身」で食べるのはこれより何百年も後のことだそうです。
つまり、魚の死骸を「生」で食べる習慣はこの頃にはなかったことになります。

でも、「干物/塩漬け」ならOKだと判断していたことにはなります。
だったら、その「死穢」に対する「キヨメ・ハライ・ミソギ」という大問題を
どのように解決したのか。 
念のためですが、ここから先は筆者の直感になりますが、仮にこんな理屈が
あったとしても、さほど不自然ではないような気がしたのです。

太陽神である「天照大神」と皇祖神としていることから分かる通り、
日本民族にもともと強い太陽信仰がありました。
ですから魚を「干物」(天日干し)にすることは、すなわち、水に代わって、
強力で清浄な太陽のパワーで「キヨメ/清め」を行ったことになり、魚の死穢
は天日干しの段階で完全に除去されたと受け止めていたのかもしれません。

また「塩漬け」も同様で、これは「塩」による「ミヨメ/清め」だと判断して
いたようにも考えられます。
古い時代には、塩に対して、清浄や生命力の更新といった意味合いを感じて
いたからです。
「古事記」にも、海水で禊・祓いをする潮垢離(しおごり)という言葉が
記されていることがその傍証になるかもしれません。

あるいは、もっと神道的に単純な捉え方をしていたことも考えられます。
魚は生まれるのも水中なら、その一生を水中で過ごす生き物です。
だったら、こういう解釈も成り立つように考えられます。
~魚は「ミソギ/禊」の業から一瞬たりとも離れたことのない清浄窮まる
 生き物である~


こういう解釈に立てば、死穢の問題は発生しないわけです。
ですから、こうした感覚があってこそ「穢れ大嫌い人種」である平安貴族も、
恐れなく魚を食べることができた、ということかもしれません。
ただし、いくら「清浄な魚」だったとしても「魚アレルギー」を持つ平安貴族
なら、それでもやっぱり食べなかったでしょうが。




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