日本史の「信仰」18 神勅違反容疑者の言い分

これは歴史事件というよりは神話に語られている出来事ですが、この国
(日本)の始まりはこうでした。
~(まず最初に)天照大神の命を受け、その孫である瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)
 が高天原から日向国の高千穂峰に天降(あまくだ)りました~


天照大神の「孫」が「天から降った」のですから「天孫降臨」です。
その際に、天照大神は孫であるニニギに対して、
~「天壌無窮の神勅」と「三種神器」を授けた~とされています。


 tenjyoumukyuuno_sintyoku_51.jpg 天壌無窮の神勅 

このうちの「三種神器」とは文字通り「三種類の宝物」を意味し、これは天皇が
皇位の璽(しるし)として代々伝えていくべきものとされていますから、いわば、
天皇の「身分証明書」もどきの意味合いを持たせたものでしょう。

具体的には八咫鏡・草薙剣(天叢雲剣)・八尺瓊勾玉の三宝を指していることは
割合に知られています。
ただ、もう一方の「天壌無窮の神勅」については、言葉が難しいこともあって
「三種神器」ほどには知られていない印象です。

なぜ、そんなことが言えるのかといえば、筆者自身がよく知らないから、
というのがその理由です。
えぇ、ご迷惑な話ですが、筆者には自分が知らないことは他人様も知らない
はずだと決めつける癖があるのかもしれません。

そんなことはともかくとして、「天壌無窮の神勅」についてはこんな解説に
なりそうです。
~天壌無窮=天地とともに永遠に続くこと/神勅=神の命令~
そして、その内容を口語訳すると、概ねのところ、
~この日本の国は、私の子孫が王となるべき地である。
 さあ、皇孫であるあなた(ニニギのこと)が行って治めなさい。 
 えぇかね、皇室が栄えることは天地がある限り絶対に永遠なのですよ~


いささか強引で一方的な宣言にも聞こえますが、それは容赦してやるにしても、
この神勅はこんな設計図を示していることになります。
~この国は未来永劫、天照大神の子孫代々が治めていくのだ~

これが「天皇家の家訓」となり、言葉を換えれば天皇は「万世一系」であることを
絶対としたわけです。
このポリシーを遵守するために、天皇家自身も少なからずの努力を払いました。
例えば、男系男子を原則としながらも、そうは問屋が卸してくれない折など
には、緊急措置として皇后を女帝として立てるなどの方策も、そうしたことの
一つです。

しかし、その方法にも危機が訪れます。
第46代・孝謙天皇(女帝)が重祚(再びの即位)した
第48代・称徳天皇(718-770年)の御代にそれは起きました。
その称徳天皇の履歴書?は概ねこんな感じになるのでしょうか。

東大寺大仏の開眼法要(752年)で有名な第45代・聖武天皇(701-756年)を
父として、皇族以外で史上初の皇后となった藤原光明子(701-760年)との
間に生まれましたが、弟の早世などもあって20歳過ぎほどの年齢で立太子、
つまり「皇太子」(次期天皇予定者)になりました。

こうなってしまうと、伴侶を得ようにも年齢や身分に釣り合いのとれる人物は、
そうそういませんから、結果として生涯独身を通すことになりました。
しかも、この頃の政治環境に嫌気が差したのか、父・聖武が突然出家を敢行し
退位してしまったのです。
皇太子の立場にあった32歳を超えた独身の娘はイヤでも後継天皇に就かざるを
得ませんでした。

この女帝についてはあまり芳しい評判は聞こえてきません。
例えば、こんな具合です。
称徳は自分の病気を癒してくれた僧・道鏡(生年不明-772年)を大変に
気に入り寵愛(濃い男女の仲)した。
そして、子供のいない称徳はこれ幸いとばかりにこの僧・道鏡を自分の
後継天皇に就けようと考えた。


 syoutoku_tennou_51.jpg wakeno_kiyomaro_usa_01.jpg
 第48代・称徳天皇(第46代・孝謙天皇)/ 神託事件・和気清麻呂 

 応援クリックを→ にほんブログ村 歴史ブログ 日本史へ ←にほんブログ村



しかし、筆者はこうした称徳評はむしろ悪意をもって流布された、いわゆる
デマの類だと考えています。
で、以下はその称徳天皇に対する筆者の印象を並べたものになりますが、
通説との落差については、どうか寛大な心でご容赦をお願いします。

まず、巷間囁かれるように、僧・道鏡がいなければ夜も日も明けないほどに
称徳女帝が淫乱系女性だったとは、筆者には到底思えないのです。
また僧・道鏡も負けず劣らずのドスケベ破戒僧だったとも思えません。

称徳自身も、東大寺大仏建立(開眼752年)には大いに関わりましたし、
また、その少し後(754年)には唐の僧・鑑真が、この日本へ仏教戒律を
もたらすために、10年ほどの挑戦の末についにこの地への渡航を成功させて
います。

そんな時期なのですから、仏の教えにというものに対しては、おそらくは
仏教界全体が真摯な態度で臨んでいたと言い切っていい気がするのです。
もっとも、後の時代には「破戒坊主」も珍しくない存在になっていくのですが、
「初心忘るべからず」という言葉もある通り、何事にせよ、そのスタート期
には人間至って生真面目な言動を取るものだからです。

ですから、少なくとも称徳や僧・道鏡を含め仏教界や朝廷などは、そうした
戒律に対し非常に繊細な感覚をもって接していたように思われるのです。
ただ、称徳が自分の後の天皇候補者に僧・道鏡を構想したことは、事実だと
考えます。
実際に「宇佐八幡宮神託事件」(769年)という出来事もあったのですから。

その「神託事件」の流れはこうでした。
769年のこと、豊前国(現大分県)宇佐八幡宮の八幡神が、僧・道鏡を天皇に
すれば天下太平になるとの神託を、称徳天皇に奏上しました。
発端はこう説明されていますが、もともと称徳自身もそうした意向を持って
いて、その意識を忖度した関係者がこそッと動いたというところが真相なの
でしょう。

しかし、称徳は念には念を入れて「神託」再確認のために、改めて使者を派遣
しました。 うっかりミスで済むような軽いものではないからです。
ところが遣わされた政府高官?和気清麻呂(733-799年)が持ち帰った神託は
「そんなことは認められないッ!」でした。
自分の意に沿わないその報告を聞いてすっかり頭に血が上ってしまった称徳は、
使いの清麻呂を左遷したばかりか流罪にも処しました。

~道鏡なしでは夜も日も明けぬ淫乱称徳がこの神託にブチ切れた~
通説ではこうした傾向の解釈が一般的なようですが、こうした受け止め方は
おそらく間違いなのでしょう。

なぜなら、称徳が「男女の仲/淫乱」という点を優先したいのであれば、
何も道鏡が天皇である必要もないからです。
道鏡が天皇の座にいようがいまいがヤれることはヤれますからねぇ。

また、東大寺大仏建立を通じ、この当時の仏教界に大きな関わりを持って
いたことや、意に添わぬこの「神託」に対しても、無視や反抗することなく、
終始敬意を払い、神妙な態度を貫いていたことからも、称徳も道鏡も極めて
真摯な宗教人間だったことが垣間見えてくるはずです。
というより、そもそも「神託の再確認」という行為自体が、宗教人間である
ことを如実に証明しています。

では、「道鏡は天皇にできない」とする神託のどこに称徳は怒りを覚えた
のでしょうか。
ここで登場するのが「天壌無窮の神勅」にある、
~この国は未来永劫、天照大神の子孫代々治めていくのだ~とする大鉄則です。

つまり、称徳はこんな苦悩を抱え込んでいたということです。
~後継天皇にふさわしい人材が皇族の中にはとんと見当たらない。
 さりとて皇族以外の者にすれば「神勅違反」ということになってしまう~

事実、称徳が重祚する間に立てた天皇(第47代・淳仁)はスカタンで、
結果として廃帝扱いを受け、長い間諡名もないままでした。

~後継天皇を誰に? 血統合格の無能者か、血統外れの有能者か~
こんな究極の選択を迫られていた称徳が選んだのは、後者、つまり僧・道鏡
だったということです。

~この国は未来永劫、天照大神の子孫が代々治めていくのだ~
この「天壌無窮の神勅」に抵触しかねない称徳の大決断は、今風ならSNSの炎上
もどきの集中非難を浴び、結果として「淫乱女帝・称徳」とか
「ドスケベ破戒僧・道鏡」という、まことに悪意に満ちたレッテルを貼られて
しまったということになります。

ですから、その当人である称徳からすれば、このくらいの言い分はあった
はずです。
~「天壌無窮の神勅」自体は確かに気宇壮大で立派な宣言だとは思いますが、
 その子孫がスカタンの場合の対応を、但し書きでもよいので付け加えておい
 て欲しかった、と心底思いますよ、天照大神様ッ!~




 応援クリックを→ にほんブログ村 歴史ブログ 日本史へ ←にほんブログ村



--直近の記事---------------------------
673 日本史の「数字」05 十七条憲法と従軍体験 こんな思いはもう懲りた
672 日本史の「大雑把」06 三英傑のキリシタン対応 宗教弾圧か祖国防衛か
671 日本史の「落胆」08 巨魁か凡庸かその実像 頼朝の生涯を再検討する
670 日本史の「事始め」22 平和のコツを体験学習 女子力が平和を支える
669 日本史の「女性」27 皇統維持は超ウラ技で 万世一系もラクではない
668 日本史の「微妙」16 神自身と神の子孫の距離 神のDNAを継承した者
667 日本史の「列伝」14 三像のモデルはどなた? 時代により比定も変化
666 日本史の「トホホ」31 白村江ボロ負けの恐怖 次は日本が標的になる
----------------------------------
ヤジ馬の日本史~超駄級・600記事一覧~ №501-599編 だがしか史!
ヤジ馬の日本史~超駄級・500記事一覧~ №401-499編 満腹握りめ史!
ヤジ馬の日本史~超駄級・400記事一覧~ №301-400編 颯爽ろくでな史!
ヤジ馬の日本史~超駄級・300記事一覧~ №202-299編 堂々肩すか史!
ヤジ馬の日本史~超駄級・200記事一覧~ 後編「な→ん」巻 あゝ七転八倒!
ヤジ馬の日本史~超駄級・200記事一覧~ 前編「あ→と」巻 七転び八起き!
----------------------------------

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント