日本史の「異国」05 ♪日曜日に市場へ出かけぇ

♪日曜日に 市場へでかけ 糸と麻を 買ってきた
  (合いの手?) テュリャ テュリャ テュリャ テュリャ テュリャ テュリャ リャ
            テュリャ テュリャ テュリャ テュリャ リャ

ロシア民謡「一週間」の出だし部分ですが、ちなみに月曜日以降は、
♪月曜日に おふろをたいて 火曜日は おふろにはいり  テュリャ・・・
♪水曜日に ともだちが来て 木曜日は 送っていった    テュリャ・・・
♪金曜日は 糸まきもせず  土曜日は おしゃべりばかり テュリャ・・・


そして最後の部分は、
♪ともだちよ これが私の 一週間の 仕事です テュリャ・・・
こんな具合に、週始めの日曜日から週末の土曜日まで「(私の)一週間」の
活動報告?になっています。
そこに示された「私の行動」に不自然・不可解を覚える人も少なくないよう
ですが、筆者の場合はさらにもう一つの謎に直面したものです。

なんでまた、こういう名称が付けられたのか? 
そう、日曜日から土曜日まで七つの曜日の名です。
天体運動と暦法とは、相互に強く影響し合っていることは、昔の昔からの常識
ですから、曜日の名称についても、その流れにありそうなことは割合容易に
推測できますし、事実、注意深く眺めみれば、個々が太陽系の星々とリンクした
名称になっていることに気が付こうというものです。

もっとも、中にはそれに気が付かない極めてのどかな人もいるかも
しれませんので、面倒くさいことですが、念のために一応整理してみると、
日曜=日(太陽)/月曜=月/火曜=火星/水曜=水星/木曜=木星/
金曜=金星/土曜=土星/
 こんな具合になっています。

こうした曜日の概念は、結構古く紀元前1世紀頃のギリシャ・エジプトで
完成したものと考えられているようです。
しかし、それは認めるにしても、なんとはなしの疑問が残らないわけでは
ありません。
たとえば、七曜の内の五ツはいわゆる「太陽系惑星」(火・水・木・金・土)(の
名称から頂いていますが、その外に「恒星」(日)が一つ、さらに残りの一つは
「衛星」(月)となって、いささか整合性に欠けています。

このような不整合を排除して火・水・木・金・土曜日の他に天曜日(天王星)/
海曜日(海王星)/
を加えることで、惑星限定のラインナップを組むことも
できたのでは?
ところが、よくよく考えてみると、それはアイ・キャン・ノットなのですねえ。

なぜなら、これらの惑星が発見されたのは、天王星=1781年/
海王星=1846年/という具合に随分と新しい出来事で、紀元前1世紀頃と
される七曜の完成期には全然間に合っていないからです。

これらよりも遠くにある冥王星の発見はさらに遅く、なんと20世紀に入った
1930年のことであり、しかもその後(2006年)には、一人前の惑星から、
なんとも中途半端な「準惑星」に格下げ?される顛末を辿っています。

ということは、日本の場合なら、江戸中期の第八代将軍・徳川吉宗(1684-
1751年)の時代になってさえ、誰一人、天王星・海王星・冥王星の存在を
知る者がいなかったわけですから、天曜日(天王星)/海曜日(海王星)/
なんぞはあり得ないことになるわけです。 
ではでは、そこにまたまた疑問・・・その曜日の順番がいささかランダムに
過ぎやせんか?

たとえば、太陽(日)を基準にするなら、そこから近い順に、
日曜の次には水曜・金曜・月曜・火曜・木曜・土曜と順序正しく並べる方が
分かりやすくて親切ではなかろうか?
単純素朴・人畜無害の筆者なぞはそう考えたいところです。
実際のところ、昔の人たちもそれは考えたようですが、ただ昔の人には
昔の人なりの科学知識や独自文化やこだわりがあって、筆者ほどに単純
明快な方法はは採用しませんでした。

まず、昔の人は、天動説における太陽系モデルでの星の並び方を、
地球から近い順に~月/水星/金星/太陽/火星/木星/土星~
順番で並んでいると考えていたようです。
それならそれで、曜日の順番もその星の並び順通りにすればよさそうなもの
ですが、ところがドッコイ、「単純系」より「複雑系」の思考を好むのが、
古今東西インテリと呼ばれる人種の共通点です。

曜日カレンダー02 曜日英語01










七曜日/日本語:英語


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そこで、こんな規則性を持たせて順番を決めました。
歌謡曲「三百六十五歩のマーチ」(1968年)の歌詞~三歩進んで二歩さがる~
とは、似て非なる不法ですが、~2つおき(3つめごと)に遡る~この法則順に
並べることにしたのです。 
ホンマかいな? 念のために確認してみましょう。

まずは太陽(日)を起点としますから、最初は「日曜日」。
これは動かせませんが、次はここから~2つおき(3つめごと)に遡る~
のですから、金星・水星を飛ばして、月の「月曜日」へ辿り着きます。
さらに、同様の法則で、土星・木星を飛ばせば、今度は火星の「火曜日」
・・・う~ん、インテリ好みの「複雑系」の規則性ですが、確かにその順序に
従って並んでいますねぇ。

では日本語以外の「曜日名」はどうなっているのだ?
そこで、英語版の曜日名をちょっくら窺い見ると、こう説明されていました。
日曜日 (Sunday))  →太陽 (Sun) に由来、
月曜日 (Monday)   →月 (Moon) に、
火曜日 (Tuesday)  →北欧神話の天空神テュール(Tyr)に、
水曜日 (Wednesday) →アングロサクソンの主神オーディン(Odin)に、
木曜日 (Thursday)  →北欧の雷神トール(Thor)に、
金曜日 (Friday)   →北欧の愛の女神フレイヤ(Freja)に、
土曜日 (Saturday) →ローマ神話に登場するサトゥルヌス(Saturnus)が起源。

要するに、日曜・月曜(太陽と月)以外はその名称を神話に登場する神様の
名前から頂戴しているわけです。
さらにその点を追求するなら、こうした神話(神様)と曜日の繋がりをより深く
理解できるのかもしれませんが、この辺りで筆者の根気は尽きてしまいました
ので、ご興味のある方はご自分で調べてみるのが宜しかろう。

それはともかく、どういう種類かは別として、「曜」の概念自体は、この日本にも
随分古く、平安時代の初頭頃には伝わっていたとされています。
さらに14世紀の鎌倉時代には、「六曜」と名乗る?「曜」が中国から伝わって
います。
こちらもいろいろな変遷を経たようですが、江戸時代には、
先勝/友引/先負/仏滅/大安/赤口/「六曜」(六つの曜として
まとまり、またその順序もほぼ確定しました。

しかし、現代は別としても明治以前の日本の歴史においては、たとえば、
戦国期の「本能寺の変」(1582年)や、はたまた幕末期の「安政の大獄」
(1858-1859年)などのように、事件やできごとに人名や地名や元号などが
付けられることは珍しくありませんが、六曜にせよ七曜にせよ「曜日」名が
冠されることはほとんどありません。

要するに、「暗黒の月曜日(ブラック・マンデー)」とか、はたまた「悲劇の仏滅」
などのような「曜日」名が付いた用語はあまり登場していないという意味であり、
ということは、かつての日本においては「曜日」自体がそれほど身近でもなく、
あまり重要視されていなかったということかもしれません。

もしも、「曜日」がとても身近なものであったら、たとえば、
赤穂浪人47人による「吉良邸討ち入り事件」(1703年)を「流血の水曜日」?
あるいは、「黒船来航」(1853年)だったら「驚天動地の赤口」?
こんな具合に、世間の話題をさらった事件・出来事などに曜日を絡めた
命名があってもよかったはずですからね。

もっとも、念のためのお断りしておけば、その当日がホントに「水曜日」であり
「赤口」であったかは、よく知らないのですが。
しかし、ともかくこうした「曜日を含んだ表現」がほとんどないのですから、
昔の人にとって「曜日」とは、それほどに身近な「暦」でもなかったようだ、と
受け止めるのが妥当な気がするところです。

さてお話は冒頭のロシア民謡「一週間」に戻り、筆者の場合を歌にするなら、
♪日曜日に お店へでかけ  米と梅を 買ってきた   テュリャ・・・
♪月曜日に ご飯を炊いて  火曜日は お握り食べた テュリャ・・・
♪水曜日に マンガを読んで 木曜日は 銭湯へ行った テュリャ・・・
♪金曜日は 歯磨きもせず  土曜日は お昼寝ばかり テュリャ・・・
♪友だちよ これがワタシの 一週間の 暮らしです   テュリャ・・・

スマートさはイマイチながら、まぁそれなりに有意義な一週間・・・かなぁ?



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