日本史の「異国」03 衣服まわりの二三の閑話

人類史上初の有人宇宙飛行計画において、ライバル・ソ連の先手を取るべく
アメリカが情熱を傾注したのが「マーキュリー計画」(1958~1963年)でした。
この時のNASA(アメリカ航空宇宙局)、要するにアメリカの有人飛行計画の
黎明期の顛末を描いた映画に1983年「ライトスタッフ」という作品があります。

宇宙空間での飛行士の居住空間(宇宙船)は、現在でこそ「宇宙ステーション」
と呼ばれる巨大な施設も可能になりましたが、この時期はそこまでの技術には
達しておらず、普通は「カプセル」と呼ばれる非常に小さなものを利用しました。
ただ、その小ささ・狭さときたら飛行士一人が入り込むのが精一杯の、数字に
直せば「3立米」に満たないスペースで、まさに「起きて半畳寝て一畳」もどきの
ハンパでない環境だったとされています。

そこで、NASAスタッフが普通に「宇宙飛行士がカプセルの乗り込む」と表現
するところを、当の宇宙飛行士たち(アストロノーツ)自身は「カプセルを着る」
と言い換えていた・・・このあたりのことが巧みに描かれていた映画でした
ので、今ひょっこり思い出したというワケです。

あれれ、どうでもいい前フリが結構長くなってしまいました。
で、そこから連想した「着る」という言葉をキーワードにして、今回は衣服に
ついて少し探ってみることにしました。
普段よく使う「衣服」という言葉・・・ちなみにこんな説明になっています。
~人間が身体を部分的あるいは全体的に覆うために着用するもの~
  (世界大百科事典 第2版)
ですから、逆に言えば人間以外の者、例えばニワトリやマグロが衣服を纏う
ことはないわけで、その意味では、まさしく人間にだけに許されたツールと
言えるかもしれません。

ただ、ひとまとめに「衣服」と言ってはいるものの、「とはちょっと違うゾ」
とする説もあるようです。 
/(身体の形状は度外視?)直線に裁った生地を縫い合せるのが基本
/身体の形状に合わせて曲線的に裁った生地を縫い合せるのが基本

もっと乱暴にくくれば、要するに、
/主に身体にユッタリ系のウェア(装束)-不特定の人間向き仕様?
/主に身体にピッタリ系のウェア(装束)--特定の人間向き仕様?

ところが、この説明を正しいとすると、「洋服」という表現はセーフですが、
「和服」という言い方はいささか定義外れの印象になってしまうのです。
なぜなら、その「和服」なる物の多くは~直線に裁った生地~で縫製されて
いるからで、それを踏まえて、「衣/装」を厳密に仕訳けようとするなら、
「和服」より「和衣」との表現の方が正しい、もしくは少なくとも「和服」よりは
的を射た表現と言えそうだからです。

では、なんで「和衣」という表現が定着しなかったのでしょうか?
その答えを見つけるためには、いわゆる「文明開化」の流れまで遡る必要が
ありそうです。

江戸幕府が崩壊(1867年)した後に成立した明治新政府の大きな役割の
一つは、幕府が長い間堅持していた、いわゆる「鎖国」政策を改め、西欧を
はじめとする文明国の文化・技術を新生日本に持ち込むことでした。
これが、いわゆる「文明開化」の流れです。

当時の日本人の目には珍しい「西欧式の服装」もそうした輸入文化の
一つでしたから、この「装束」にも名前が必要になりました。
それまではこうした「装束」の「ブツ(実物)」そのものが存在なかったのです
から、当然それに対する名称もありませんでした。

どうやら当初は、南蛮人(外国人)が着ているので「南蛮服」とか、同じく
外国人の装束という意味で「紅毛服」(こうもうふく)とか、さらには、
オランダ(阿蘭陀)国から入って来た服という意味で「蘭服」(らんふく)、とか
様々な呼び方をしたようです。
その後にも、それなりの紆余曲折はあったのでしょうが、最終的には
ほぼほぼ「洋服」という名称に落ち着きました。

マーキュリー計画01 岩倉使節団01







「宇宙船カプセル」(マーキュリー計画)/「岩倉使節団」洋服・和服の混在

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それはまあいいのですが、今度は逆に長い間日本人が慣れ親しみ愛用して
きた伝統的な装束の呼び方が問題になりました。
おそらくそれを示す「着物(きもの)」という言葉はあったのでしょうが、それは
文字通り「着る物」を言い表していたに過ぎません。
新参装束と伝統装束の双方を対比して言い表すのに、「洋服VS着物」
としたのでは、なんとなく座りが悪い。

さりとて、本来の定義である「曲線的/直線的」縫製という基準?を尊重する
なら、「(外国)洋服VS和衣(日本」つまり「ようふくVSわい」となって、これも両者の
語感が不揃いというだけでなく、その上対比感だってイマイチ冴えない。
そこで、元来の定義には目をつむり、エイヤッとばかりに「洋服和服」に
したということのようです。

何事にせよ、目先の問題がチラつくと、それまでの原理原則に頓着しなく
なるのが日本人の昔からの民族性ですから、結果的にこのセンで落ち着き
ました。
さて、毎度のことで、まことに心苦しいのですが、ここから先のお話はさらに
横道へ逸れていきます。

実は、この「和服」のような経緯で誕生した言葉、要するに、新語と区別する
ために、その呼び名を付け直された既存の言葉ということですが、これを
「レトロニム」(retronym/再命名)と言うのだそうです。
いささか分かりにくい概念ですが、そこに挙げられた一例をそのまま転記
することで、少しは理解しやすくなるのかもしれません。

たとえば、「デジタルカメラ(新)→に対する←(既)フィルムカメラ」。
考えてみれば確かにその通りで、「デジタルカメラ」が出現する以前には、
「フィルムカメラ」だけですから、敢えて「フィルム」と断る必要もなく、
単に「カメラ」と呼んでいて、何らの不便も違和感もなく通じていました。
ところが、新たに登場した「デジタルカメラ」なる製品と区別するためには、
従来の「カメラ」という呼び方ではいかにも不十分ということで、そこで冠を
加えた「フィルムカメラ」という呼び方が必要になったということです。

さらには、こんな例も挙げられていました。
オンラインショップ(新)→に対する←(既)実店舗」。
これも同様で、「実店舗」なんて妙に暑苦しい名称が必要になったのは、
「オンラインショップ」なる「バーチャルな店舗」が登場し、それと区別する
ためにほかなりません。

ですから、「洋服(新)→に対する←(既)和服」もそれらと同様の流れにあって、
新しく「洋服」という言葉が誕生したからこそ、従前の装束に「和服」という
呼び方が必要になったわけで、つまりは、この「レトロニム」にバッチリ該当
していることになります。
いやあ、「和服」なる言葉の奥深さは尋常ではありませんねぇ。

実は筆者もこうした「衣服」に関するストーリーを知るにつけ、一種の感慨を
覚えましたが、ただ、この説明に対しては逆にツッコミを入れたくなりました。
~(衣服とは)人間が身体を部分的あるいは全体的に覆うために着用する
  もの~
 裏返しの言い方をするなら、こうなります。
~人間以外は衣服を着用しない~

だったら「ヤドカリ」はどうなる?
ご存知の通り、「ヤドカリ」とは、自分の身体の大きさに合うサイズの巻貝の
殻を背負って生活する海の生物で、体が成長した時にはそのサイズの
新しい殻に取り換えるそうですから、こうは言えないか?
~(人間以外には)ヤドカリもまた、自分の身体を部分的あるいは全体的に
  覆うために着用する(衣服を着替える?)~


そこでお話は、また冒頭のNASA「マーキュリー計画」に戻ります。
常に「(宇宙飛行士が)カプセルに乗り込む」と表現していたNASAスタッフに対し、
当の宇宙飛行士たち自身が敢えて「カプセルを着る」と言い換えていた事実は、
己の姿に「ヤドカリ」をイメージしていたということかもしれません。
映画を見れば、確かにそうしたイメージはまんざら見当外れとも言えない
印象になるところです。



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