日本史の「デジャヴ」26 幕府は武士たちの公民権

黒人に対する有権者登録の妨害に抗議するために立ち上がった600人の
デモ隊に対し、それを断固阻止すると宣言した白人(アラバマ州)知事が、
催涙ガスや武器を使って容赦の無い武力鎮圧に及んだ事件が、1965年3月
7日の日曜日のいわゆる「血の日曜日(Bloody Sunday)」とも呼ばれた
出来事でした。

デモの指導者は前年にノーベル賞を受賞したばかりの牧師マーティン・
ルーサー・キング・ジュニア
(キング牧師/1929-1968年暗殺死)でした。
警官隊が殴打する様子や、それから逃げ惑う人々など、この時のデモ隊の
生々しい様子は映像や写真として世界中に報道されました。

この暴力的な弾圧行為に抗議する意味もあって、2週間後のデモの参加者
数は2万5000人にまで膨れ上がり、またそうした暴力映像がテレビ報道に
より家庭にまで届いたことで、白人を含む多くの人々が拒否感を覚え、その
ことが以後の合衆国の投票法の成立と公民権運動を後押しするパワーにも
なったとされています。

こうした一連の出来がとは、今なおアメリカ国民の記憶に深く刻み込まれて
いるのか、つい近年にもこの「血の日曜日(Bloody Sunday)」を扱った映画
作品※が公開されています  ※「グローリー -明日への行進-」(2014年)

実はここからは映画のお話は急転直下し、史上初の武家政権(鎌倉幕府)を
打ち建てた源頼朝(1147-1199年)に移ります。
なんだとぅ、キング牧師源頼朝ぉ?・・・「そんなの関係ねぇ!」ってか。 
ところがギッチョン!
実は筆者はこんな連想を重ねつつ、先の映画作品を鑑賞していたのです。

~黒人にも白人と同等の「選挙権(公民権)が認められるべきである~
それが「あるべき姿」だと訴えて行動を起こしたのがキング牧師なら、
一方の源頼朝の主張はこうだったような気がしたのです。
~武士階層にも「政治参加」や、公家や寺社と同等の「土地所有権」が
  認められるべきである~
 

まあしかし、権力を握った者が、そうでない者になんらかの権利を認める
なんてことは普通しないものです。
「権力のひとり占め」は、わが身の安全を保証するばかりでなく、そこには
様々な役得?もあるからです。
このことは古今東西を通じての、「人間社会の常識/不変の原理」と
言っていいのかもしれません。

さて、映画には、デモ指導者・キング牧師が、時の政権トップであるリンドン・
ジョンソン
合衆国大統領(第36代/1908-1973年)とがサシで話し合う
場面があります。
デモ行動の圧力を背景にしたキング側が、追い詰めた大統領側に念願の
「公民権」を認めさせようとする場面です。

そう言えば、武士政権を樹立する前の源頼朝も、時の政治トップ・後白河
上皇
(1127-1192年)とサシの話し合いを持ったことがありましたっけ。
キング牧師は黒人の「公民権」獲得のためだったとしたら、源頼朝は
武士階層の「一定の政治権利」や「土地所有権」を獲得への一歩がそれ
だったのかもしれません。

源頼朝像05 グローリーセルマ02








源頼朝像/映画「グローリー 明日への行進」キング牧師

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なにせ、武士階層のパワーあっての社会になっているのに、「政治参加」は
拒まれ、「土地所有権」に至っては額に汗しない公家・寺社にしか認められて
いないのですから、少なくとも武士階層からすれば、「メッチャ歪で不自然で
矛盾の塊り」
的な状況にあるわけです。

ですから、白人と不平等な立場にある黒人が、その状況の解消すべく
「公民権」を要求したように、公家・寺社に比べ、諸々の点で甚だしい
不平等下に置かれていた当時の武士階層が、「政治参加」や「土地所有権」
の面で見直し?を要求するのは、無理もないことです。

しかし、支配者側がそうした権利要求に大いなる不快感を示すのも、
また同様で、実はその反応には古今東西似た点があるのです。 
少し露骨な表現を用いるなら、支配者側にはこんな考え方を持つ者も
少なくなかったということが共通しています。

白人~黒人とは人間ではなく、言葉を話せる家畜に過ぎない~
公家~武士とは人間ではなく、言葉を話せる番犬に過ぎない~

現代人の常識に照らせば、「とんでもない偏見」ということになりますが、
当時としては「時代の空気・常識」であったこともまた事実です。

ですから、そこから導かれる結論は結局こうなります。
~家畜や番犬が人間並みの「権利」を持とう・持つなんて、まったく
  ナンセンなヨタ話であり、究極の悪夢である~
 
こんな意識で固まっているから、少々の声を上げたとて、それですぐさま
前進するものでもありません。
逆から言えば、「家畜や番犬の権利」なんて発想自体が、主人としての
自らのアイデンティティ否定につながりかねないからです。

被支配層がそうした「殻」を突き破るためには、大きなエネルギーと、
同時に多くの犠牲者を必要としました。。
キング牧師にすれば、凄惨なあの「血の日曜日(Bloody Sunday)」もそうした
事件の一つだったでしょうし、一方の源頼朝にとっては同じ武士階層にある
平家の追討を命じるいわゆる「以仁王の令旨」(1180年)に端を発した
「治承・寿永の乱」(1180-1185年)に直面しなければならなかったことも
そうでした。

また、そうした道は決して「一本道」ではありません。
キング牧師と同じ時代には、「マルコムX」(1925-1965年暗殺死)など、
キング牧師とは別の路線・方法に沿って公民権運動をする人物もいました。
日本でいえば、頼朝の少し前に、武士・平清盛(1118-1181年)によって、
その武士階層に属する人間の政治手腕が披露されています。

こうした試行錯誤や、時としては実績までをも、少しづつ積み上げていった
ことで、支配者側も次第に「家畜や番犬の声」に耳を傾けざるを得ない
状況に追い込まれていったわけです。

厳しい闘争の結果、黒人が得たのが白人と平等の「選挙権」だとしたら、
日本の武士階層の果実は、本格的な武士政権「鎌倉幕府」を誕生させた
ことであり、曲がりなりにも武士階層の「土地所有権」認められるように
なったことかもしれません。

それにしても、権利獲得にせよ権限獲得にせよ、はたまたそれとは別の
ものにせよ、時の権力者を相手に回して、そこから戦い取るなんてことは、
まあ普通の人間にはチョックラチョイでは成し遂げられないチョー難しい
仕事です。
普通の人間にとってもそのくらいに難しいことだとしたら、筆者如きの
人畜無害「超ド級普通人間」が出る幕ではないのは当然です。

まあせいぜいが、この場を借りて、いわゆる「公民権」獲得という困難な
仕事に取り組んだ20世紀の偉人の姿が映画化されていることを、お伝え
するくらいが関の山です。
~なにッ! この映画、もう数年も前に知っていたってか?~
そりゃあ、情報が遅くて申し訳なかったなぁ・・・どうか、悪く思うなヨ。



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