日本史の「もしも」10 ビビった家康”薩摩”を安堵

薩摩国島津氏の「当主」?※島津義弘(1535-1619年)は屈指の猛将として
「鬼島津」の異名でも聞こえた人物で、殊に「関ヶ原の戦い」(1600年)で示した
度肝を抜く行動は敵味方双方の語り草になったほどです。 ※異説もあり

本番?「関ヶ原」本戦の前哨戦ともいうべき戦いに備えて、伏見城に籠城する
(東軍)徳川方・鳥居元忠(1539-1600年)の元へ。
本国の事情もあって、この時の義弘が率いることができた兵士は、他藩の
参戦武将たちに比べても割合に少数の1500人ほどだったと言われています。 
~我が薩摩が援軍にはせ参じましたゾ~

ところが、~いいや、家康殿からはその旨を聞いておらんゾ~
この鳥居からはなんとも素っ気ない返事の上に入城も拒否。
つまりは義弘の本心を疑っていたということでしょう。
この扱いに思わずムッとした義弘は、この直後の「関ヶ原本戦」では、ころりと
方針転換するや、今度は(西軍)豊臣方・石田三成(1560-1600年)の側に。 
ところが、僅かな手勢ということもあって、その三成の扱いもいささか軽い。 

通説では、西軍の作戦会議において、この義弘の提案がボツにされたことで
すっかりヤル気を失ったとされています。
義弘~なんだぁ、どいつもこいつもこのオレを虚仮(こけ)にしやがって!~
こんな気分だったとしても無理もありません。

ですから「関ヶ原の戦い」本番?では陣こそ張ったものの、戦いの火蓋が
切られても、頑として兵を動かそうとはしませんでした。(異説もあり)
そんな義弘のところへ、三成の使者から援軍要請が。
義弘~なんだぁ、三成のバカヤロウ! いまさら真面目に戦う気なんぞは
     ワシにはありゃせんわいッ~
 すっかり、頭カリカリ状態です。

そうこうする内に、西軍・小早川秀秋が突如として東軍に寝返り、これがため
に周囲の西軍勢はたちまち総崩れの状況に陥りました。 
こうなると、あとは敗走あるのみです。 
しかし、敵の大軍にすっかり包まれ、退路を遮断された形になったのでは、
万事休すです。
まさしく袋の鼠で、さすがの義弘も「もはやこれまで」・・・切腹の覚悟を固めた
ものですが、これは周囲の説得もあって結局は思い留まります。

そこで決行されたのが、後世にも「島津の退き口」として語り継がれる
「敵中正面突破」作戦でした。
具体的には「捨て奸(すてがまり」という戦法で、これは、
~追ってくる敵軍を殿(しんがり)の小部隊が迎え撃ち、死ぬまで戦う。
  それが全滅すると、また新たな殿・小部隊が入れ替わり、本隊が逃げ切る
  までこれを繰り返す~


要するに、「トカゲの尻尾切り」もどきのやり方で、本隊が逃げおおせる時間を
稼ごうとする壮絶極まりない戦法です。
ナマで見ていたなら、おそらくチビってしまうことでしょう。

この「捨て奸」戦法で敗走する島津兵を、徳川方の松平忠吉(家康四男)/
井伊直政(彦根藩初代藩主)/本多忠勝(真田信之正室の父)などが追撃
したものの、これを振り切って義弘は脱出に成功。
逆に、指揮官である忠吉と直政に重傷を負わせたばかりか、忠勝には落馬を
演じさせるまでの抗戦を示したのですから、その壮絶さは容易に想像できる
ところです。

参陣の折りは1500名ほど、撤退当初は300人ほどだったとされる中から多数の
犠牲を出しながら、ともかく80人ほどが生きて薩摩へ帰りました。(/諸説あり)
これだけの犠牲を払ったことを考えれば、一見「無駄な行動」だったようにも
見えてしまいます。 ところがドッコイ、結果からすれば「やった甲斐」はあった
のです。

島津の退き口51 島津義弘01







島津の退き口/島津義弘

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この大胆不敵な「脱出劇」をまんまと許してしまったことで面目を潰された
徳川家康(1543-1616年)は、九州諸大名に号令し、3万の軍勢を島津討伐に
向かわせました。 
目の上のタンコブ・島津を、本気になって潰しにかかったわけです。
しかし結局、攻撃命令は最後まで出せませんでした。

なぜなら、「関ヶ原」に主力部隊を送らなかった島津家には1万を越す兵力が
温存され、また逃げおおせた義弘本人も健在だったからです。
~わずか300人の兵士であってさえあれだけ過激な抗戦をするからには、
  万の兵力ともなればチビるだけでは済まんゾ~

家康の胸にこんな思いが去来するのは無理もありません。 

徳川家にすれば、逆に薩摩から無言の脅迫を受けているようなものです。
~うっかり手こずる姿を晒そうものなら、諸々の外様どもがまた反旗を翻す
  やしれんし、ともかく今あれこれ策を実行に移すのは得策でない~


こうなると、家康も折れて出るほかないありません。
しかし、そこは「タヌキ親爺」ですから、
家康~今回は義弘個人の行動であって、当主・義久(義弘・兄)が関わったもの
     ではないからして、島津家に処分はしない。 
     それにだ、ワシは昔から義久クンとは仲良しだから、そのことに免じて
     義弘の咎めも無しにする~


要するに、2年後(1602年)には、島津に対する「改易」を諦めたばかりか、
「本領安堵」という異例かつ苦渋の判決?を下さざるを得なかったわけです。
こと志と違って、この「島津征伐」が不守備に終わったことを当の家康は、
死ぬまで「悔い」ていたとされています。

こう振り返ってみると、もし義弘が「関ヶ原」で切腹し果てていたら、あるいは、
もし「捨て奸」という壮絶な戦いぶりを見せつけていなかったとしたら、「本領
安堵」
という望外な結果は得られなかったと感じられるところです。

しかし、徳川のこうした裁定に薩摩・島津側が感謝の意を示すほど、世の中は
甘い物でもありません。
それどころか、逆に強烈な復讐心?を以後長きに渡り抱き続けました。
そして、その鬱積した感情を爆発させたのが、これからずっと先の「明治維新」
(1867年)ということになります。

なにせ、この時天皇家から「正義の味方」のお墨付きを頂いたのは薩摩側で、
つまりは「官軍・薩摩/賊軍・徳川」の構図になったのですから、それを知れば
家康の口からこんなボヤキも?
~多少の無理は重ねても、断固として「島津」は潰しておかねばならんかった。 
  忌々しいことだが、ひょっとしたらあの時のワシも「島津の退き口」の壮絶さに
  いささかチビっておったのかもしれんなあ~




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