日本史の「事始め」07 純友の”二つの顔の男だぜ”

今風にいうなら、表向きは「海上保安庁」?の幹部、裏の顔は
その取締りの対象である「海賊」?業・・・こんな疑惑が囁かれる
人物、 藤原純友(893?-941年)もタダ者ではない。

しかもその裏の顔たるや、~退任後の936年頃には、伊予国
日振島を根拠に1000艘を組織する~
とのことですから、
これはもう現役中からその準備なり実績を積んでいなければ、
到底間に合うものではありません。
実際それを裏付けるように~海賊の討伐を担当した海賊?
だった~
とする見方もあります。

もっとも、政治の貧困がこの地の海賊?を生んだとされている
ことからも、「官吏=正義/海賊=悪漢」といった単純な構図で、
この時代を語ることには無理がありそうです。

さて、その名から推察できる通り、純友は中央貴族・藤原氏の
系統、それもペイペイではなく、そこそこの身分の出だったと
されています。 もし、それが正しいとしたなら、“伊予掾”つまり
伊予で三番目の地位として派遣されたことは、出自の割りには
~それほどは偉くない役職~ということになります。

本人の日頃の素行が人事考課に影響を与えていたものか、
あるいは出自そのものが語られるほどのものではなく、ハナから
~“伊予掾”が妥当というべきレベル~だったのかもしれません。
平たく言うなら、身分詐称?あるいは後世になって、実際より
立派な“純友”像に加工したということも考えられるわけです。

そうした詮索はお任せするとして、いずれにせよ、
~「海賊取締官」と「海賊当人」の二足わらじ?~これはちょいと
ばかり凄いことで、ひょっとしたら、こうした表裏“一人二役”
人物は“本邦初”か、仮にそうではなかったにせよ、相当早い
段階での登場だったと言えそうです。

それに留まらず、本当に朝廷からの「独立運動」?あるいは
さらに「国家転覆」?まで計ったとするなら、こちらも尋常なこと
ではありません。


 地図日振島51 












  純友の本拠地?日振島(現:愛媛県宇和島市)

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純友のこうした不穏な?動きは、ほぼ同時期に起きた平将門
(884?903?-940年)の動きと合わせて、つまり東国における
「平将門の乱」&西国の「藤原純友の乱」の両方をもって
「承平・天慶の乱」(940年前後頃)と称されていますが、ではなぜ、
東西まったく別々の「乱」をなぜ合算?総称するのでしょうか?

両者の決起が時期も重なっていた上に、さらには朝廷に対する
反抗?という点も共通していたことから、当の朝廷側が、純友
将門の間には共同謀議?があったと信じたことがその理由で
しょう。

その上に、翌940年将門が戦死すると、連鎖反応もどきに純友
動きがガクンと鈍くなり、そのまた翌年941年の「博多湾の戦い」
純友の船団が壊滅してしまったことから、余計にその印象を
強くしたのかもしれません。

では、純友将門の「共同謀議」は本当にあったのか?
時期も行動も相似形?だったことに注目すれば、そのようにも
見えますが、確たる証拠があるわけではないようです。

さて、それでは「負け戦さ」の後の純友はどうなったのか?
表向きには、息子と伊予国へ逃れた後に討たれた、あるいは
捕らえられて獄中死した。 このように伝えられています。

ところがこれとは別に、そこでは死なず、本当は大船団を率いて
南海の彼方へ姿をくらましたのだという見方もあります。
これが事実なら朝廷側の面目は丸潰れですから、記録上は何が
何でも「死亡扱い」にしなければならなかったのかもしれません。

ともあれ、社会の表裏で“一人二役”を演じ、この純友を凌駕する
ほどの人物を、日本史の中に探そうとするなら、ず~っと後の
昭和の時代に登場した「藤村大造」ということになりそうです。
なにせこちらは”一人七役”の「七つの顔」を持つ男ですから。
※シリーズ映画第一作 「七つの顔」1946年 主演:片岡千恵蔵

蛇足ですが、話のついでにその台詞も・・・
  悪漢 「ムッ、貴様は誰だ!?」
謎の男 「七つの顔の男じゃよ。 ある時は競馬師、
      ある時は私立探偵(多羅尾伴内)、ある時は画家、
      またある時は片目の運転手、ある時はインドの魔術師、
      またある時は老警官。 しかしてその実体は・・・
      正義と真実の使徒、藤村大造だ!」


変装の中味は作品によって異なるものの、どう変装したところで、
観客には一目で“片岡千恵蔵”だと見抜けるところに、世間の
常識を突き抜けた「凄味」が漂っていました。


知恵蔵7多羅尾 知恵蔵7藤村 知恵蔵7片目







   多羅尾伴内     藤村大造      片目の運転手

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