日本史の「列伝」07 二転三転!藤吉郎と筑前守

豊臣秀吉(1537-1598年)なる人物の名乗り?の変遷は、
一般的にはこのように理解されているようです。
①木下藤吉郎秀吉/(1561年) おねとの結婚を機に
②羽柴藤吉郎秀吉(1573年頃)「羽柴」の名字を名乗る
③羽柴筑前守秀吉(1574年) 「官職名」を名乗る

また別に、「姓」にも、
  平秀吉/(1583年頃) 関白になるまで「平」姓を?
藤原秀吉/(1585年)  前関白の猶子になり「藤原」姓を
豊臣秀吉/(1585年?) 「豊臣」姓を朝廷から許される
の流れがありますが、今回はそれには触れません。

こうした名乗り?の変遷は当時の署名や文書の宛名などで確認
できることもあって、実は現在も「名古屋市博物館」を中心とした
プロジェクトチームが、秀吉が発給した文書の署名の研究に
取り組みんでいます。 そして、そうした研究から分かってきた
ことも少なくないようです。 
※現時点でも七千点以上?(中日新聞2015・04・03夕刊)

たとえば、これまでは“併用”されていた時期を含めて直線的に
変遷してきたと考えられていた「藤吉郎」「筑前守」の名乗りに
ついても、実はそうではなく一時期に「Uターン現象」があったと
しています。

つまり、②藤吉郎③筑前守②藤吉郎③筑前守となり、
一旦は③「筑前守」を“返上”した時期があった?
※流れは、藤吉郎1573・07~1575・07 → 筑前守1575・07~1578・12 →
     → 藤吉郎1578・12~1581・07 → 筑前守1581・07~1584・09 らしい。


こうして官職名を得た後に仮名(けみょう/通名)に戻すことは
普通は行なわれないそうで、その点からしてもこの「Uターン」
現象は非常に目立つ出来事のようです。
では、せっかく③「筑前守」というカッコイイ官職名を得たのに、
なんで元の②「藤吉郎」に「Uターン」したのか?


城安土51 城大阪52 城江戸51






  安土城(レプリカ)     大坂(阪)城(CG)     江戸城(CG)

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研究チームはその原因を、天正六年(1578年)の政治情勢に
求めています。
この時、「筑前守秀吉」は主君・織田信長の命令で播磨を制して
いたものの、三木城・別所氏が叛く/上月城も毛利方となる/
信長配下の荒木村重の反乱/黒田勘兵衛の幽閉/など、
あれよあれよの間に状況は織田方不利に一変。

この状況を生んだのは指揮官である「筑前守秀吉」の責任だ・・・
こうなるのも当然の運びで、そこで怒り心頭に発した信長が
「筑前守」を剥奪?したものか、または秀吉自身が機先を制して
返上?したものか、どちらにせよ、一旦は「筑前守秀吉」では
なくなったようなのです。

ところが、その後に再び播磨を押さえ、中国攻めが順調に進め
られるようになるに至って、「筑前守」を名乗ること(1581年)
再度許された?という経緯も考えられないわけではありません。

しかし、もしこの「Uターン」が事実だとしたら、おそらくは信長から
剥奪されるより前に、秀吉自身が返上を申し出たものでしょう。
この辺のパフォーマンスは、秀吉が最も得意とするところです
から、額を床に擦り付けるような姿をもって、千両役者気分で
演じたのかも?

で、唐突に妙なことに気がついてしまったのですが、このように
「姓+名」の組み合わせをもって、「豊臣秀吉」と呼ぶこと自体も
少し変なのでは?

「姓+名」で表現するなら、織田信長は「平信長」?、徳川家康は
「源家康」?とすべきでしょうし、また逆に、「織田信長」や「徳川
家康」という形の名を用いるのであれば、整合性の点からも、
豊臣秀吉ではなく「羽柴秀吉」とする方がすっきりしていると
思われます。 しかし、なぜかそうなってはいません。

さらに言うなら、政治拠点があった場所をもって「鎌倉時代」
「室町時代」「江戸時代」
という呼び方を採用しているのであれば、
「安土桃山時代」という名称も少し変?
まあ、信長の「安土」は合格?としても、秀吉の「桃山」には
いささか微妙さもあるので、本来なら分かりやすい「大坂」?を
採用して、「安土大坂時代」?くらいには呼ぶべきでしょうに。

要するに「百姓出身」の秀吉は、「大名」である信長・家康には
ない差別?を受けているのでは?
では、その差別を誰がしているってか? 
アガサ・クリスティの「○○殺人事件」もどきですが、もちろん、
その犯人は「歴史学者」の皆様全員ということになるのでしょう。

「歴史学者」の大半は、それこそ掛け値なしの”エリート”です
から、「百姓出身」の”ノンエリート”を軽視?したところで別に
気にもならないのかもしれませんが、その点、掛け値なしの
”ノンエリート”族であるワタクシなんぞには、そうした軽視?が
メッチャ気になってしまうところです。




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