日本史の「迷宮入り」12 西郷どん20年目の閃光

「維新三傑」の一人・西郷隆盛(1828-1877年)、いわゆる西郷どんは
「ギョロ目」や「ずんぐりむっくり体型」など、外見的にも愛嬌のある
特徴を備えた人物でした。

もっとも、生まれつきの「ギョロ目」に対し、「肥満体型」?の方は
30歳頃からのことだったようで、これも後年(1873年頃/46才頃?)
には、医師の指導でダイエットに励むようになっていたとか。
(ただし、ご本人の写真が一枚も残されていないので実像は不明)

ほかにも、流罪(1862年)当時の感染後遺症のせいで、陰嚢が
腫れ上がって、その後は馬にも乗れなかったなど、ご本人の
ご苦労はともかく、西郷どんの「外面的」なエピソードには総じて
開放的で幾分のユーモア?が漂っています。

ところが「内面的」なものになると、その印象が少し違ってきます。
殊に西南戦争(1877年)の折に見せた西郷どんの行動は、
板垣退助をして「西郷 兵を知らず」と言わせるほどに不可解な?
ものがありました。

板垣の言い分はこうなのでしょう。
~勝つ気なら、断然「海路」をとって軍艦で直接東京に進撃
  すべきで、それをわざわざ「陸路」をとって熊本城を攻撃する
  なんぞは、西郷どんは戦争のド素人なのかッ!~


でも逆に言えば、ハナから勝つ気がなかったとしたら、
大変理屈に合った行動だったわけで、また確かにそんな疑いも
「ないではない」ような気もするのです。

一下級藩士に過ぎなかった西郷どんの力量を見出し重用した
のは、薩摩藩主・島津斉彬(1809-1858年)です。
その恩人であり主君である斉彬の急死?に接したとき、思い
詰めたものか、31歳の西郷どんは「殉死」を決意しています。


画像







 1877年
 フランスの
 ニュース紙
 より


   西郷隆盛とその幹部たち 出展:Wikipedia

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「殉死」の決意は、ここまで引き立ててくれた大恩人である
主君に、引き続きあの世でも仕える意思を示したものでしょう。
しかし、幕末のこの騒乱期にあっては、西郷どんの力を欠かせ
ないとする周囲の人間たちが「殉死」を素直に認めるはずも
ありません。

~なあ西郷どんよ、主君・斉彬様のご遺志を継ぐことが、
  真に殉じることではないのかえ~


斉彬の視野の広い国家感に傾倒していた西郷どんですから、
そう言われればさすがに弱い・・・で、いったんは「殉死」の決意を
引っ込めました。
ところが、この斉彬急死の少し後の事件でも、西郷どんは
一目散に「自殺」に走っています。

この頃、西郷どんのツテを頼って僧・月照という人物が薩摩藩に
身を隠していました。
ところが、斉彬急逝による藩主交代によって「藩の方針」も
コロッと方向転換・・・「幕府お尋ね者」?月照を国外追放にする
ばかりか、その道中で「口封じ」まで企てたのです。

これを察知した西郷どんは、月照ともに移送船から身を投げ、
「自殺」を図っています。
~身柄を預かった者として、月照サンを死に追いやるような
  不手際は、あまりにも面目ないことであるッ!~

月照の身元引受人?の立場にあったのが西郷どんですから
これまた、こんな気持ちに追い込まれたのでしょう。

このとき、月照は首尾よく?死亡に至ったものの、西郷どんは
奇跡的に一命を取り留めました。
要するに「自殺」に失敗したわけです。

ですから、この頃から西郷どんの頭には、「自殺願望」?が
つきまとうようになっていたかもしれません。
というのは、「肥満体型」が始まったのも、ちょうどこの頃からと
されていますから、これは偶然と見るよりは、むしろこうした
ストレスが西郷どんを「大飯食らい(巨食症)」?へと追いやって
いたと考える方が自然な印象になるからです。

こんなモヤモヤの心境を引きずっていたところへ、西南戦争と
きたのですから、これが西郷どんの「自殺願望」復活?の
引き金になったとしても不思議ではありません

これが、板垣の言う「西郷 兵を知らず」の真相なのでは?
要するに、20年来の「自殺願望」?を持ち続けた西郷どんの
最期
は、最後の最後にその願望を果たしたものだったという
ところでしょうか。
(※不謹慎なダジャレで、ど~もスイマセン)



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