日本史の「謎解き」03鏡じかけの舞台

運の悪いことに、まったく知識のないワタシが、たまたま「能楽」の
話にぶつかってしまいました。 折角ですから、アナタへのご迷惑
などは省みず、さっそく「受け売り」を実行します。
長い人生、良い日ばかりとは限らないものです。


画像 出展:wikipedia能楽
 まず、「能楽」にはこんな特徴があります。
 1・基本的には「怨霊劇」である
 2・「能面」は怨霊憑依の防御ツールである。
 3・出演前の演者は自らの姿を鏡に映す。
 4・「能面」は演者自らが大切に運ぶ。
 5・舞台には「鏡板」が設置されている。

  ~以上が、聞いた話の概要です~
--------------------------
それを踏まえて直感優先でナマクラ分析をしてみた内容が
以下になりました。 (ホント、素人は無謀!) 

1・基本的には怨霊劇である これについては実際多くの
作品が「怨霊鎮魂」を扱っているということですから、なるほど、
異論を挟む余地はありません。(素人は謙虚でなければ)

2・能面は怨霊憑依の防衛ツールである これには少し説明が
必要です。 演者がいわゆる「入魂の演技」をすればするほど、
その「怨霊役」は怨霊に「憑依される」リスクが高くなります。
なにせ、「入魂」なのだから、確かにそうです。 
そうならないための防衛策が「面」を「かける」ことで、これも
理屈としてはよく理解できるところです。

ただ疑問も。 実は韓国にも「能」に似た仮面劇がありますが
こちらは演技の終了後には、その「面」を燃してしまうそうです。
まあ、悪霊をその「面」に吸着させて演者を守り、その後に「面」を
燃やすことで「消滅させた」、という感覚なのでしょう。

ところが、日本の「能」はその「面」を繰り返し何度も使うのです。
ということは、日本の「能の面」には、韓国の「吸取紙方式」とは
違った感覚が働いている、と考えられます。
では、それはいったいなんでしょう?

ここで思い当たるのが 5・舞台には「鏡板」がある の「鏡板」
です。 この「鏡板」には通常「老松」が描かれますが、その老松は
「神様のお姿」ということになっているのですから、さてそうすると、
演者はその「神様」にお尻を向ける、という大変失礼な態度を
取っていることになってしまいます。

ところが、そうではないのです。
この「老松」、実は「鏡に写った神様」であり、実際の神様はその
向かい側にいることになります。 ですから「鏡板」なのであり、
神様はちゃんと客席の側からご覧になっていることになるのです。

このように、「神様」対して鏡を使うのであれば、怨霊に対して
鏡を使ったとしてもそれほど不思議ではないハズです。
元々、神様と怨霊とは決して「水と油」の関係ではなく、むしろ
「水と氷」のようにかなり近い存在だからです。

そう、日本の「面」は「鏡方式」であり、つまりは「跳ね返す」
(あるいはバリアを張る)ことで、怨霊の憑依から演者をガードして
いるのではないか、と推理したワケです。
これに対して、韓国の「面」は「吸取紙方式」であり、両者には
歴然とした違いがあります。

納得してもらうために、この推理の根拠を挙げておきましょう。
それが、3・出演前の演者は自らの姿を鏡に映す という行動
です。 これは一体何をしているのでしょうか?

集中力を高めるためだとか、イメージトレーニングだとか、との
解釈はあまりに現代的で少し馴染みにくい印象です。
実際には「本物の鏡」が持つエネルギーを「面」へ移す作業を
しているのでは? (もちろん、これも推理)

当然のことながら、「鏡方式の面」には怨霊憑依を避けるだけの
「十分なエネルギー」が不可欠になります。
だから、電池で言えば「充電」、ガソリンなら「満タン」にする作業を
イメージすれば話が早いのでは。

4・能面は演者自らが大切に運ぶ は上の充電?作業と連動して
います。 簡単に言えば「自分で点検・管理」を行っているのです。
現在は知りませんが、昔のパラシュート部隊は自分が使うそれを
必ず自分で畳んだそうです。 そりゃあ、そうでしょう。

他人が畳んだパラシュートで降下して万一事故にでもなったら、
どうしてくれるのだ。 泣くにも泣けない、アキラメがつかん!
「面」も同じです。
他人に運ばせて、万一ヒビでも入ったらどうしてくれるのだ!

ヒビがあっては肝心のエネルギーが「満タン」にならなくて、
怨霊憑依の危険度が増してしまうではないですか。
ちょうどパラシュートが巧く開かなかったケースと同じで、即自分の
「命」の安否に跳ね返ってくる問題なのです。
だから、自分の命を守るためにも(パラシュートを自分で畳むこと
と同じで)自分で運ぶのは至極当たり前の行動ということです。

こう推理してみると、「三種の神器」にも「八咫の鏡」があることに
気がつきます。 では、「八咫の鏡」とはなんなのだ?
上記の延長線上で素直に考えれば「怨霊封じ」に必要な「パワー」
であり「エネルギー」、ということになりそうです。

この「八咫の鏡」については、一挙に話を進めるのも少しばかり
もったいないので、ここはキッチリ出し惜しみすることにしました。
次回~日本史の「謎解き」04三種神器と象徴~をお楽しみに!

画像 ちなみに「般若の面」は、 出展:wikipedia般若の面
 「嫉妬や恨みの篭る女の顔」としての鬼女の能面
 との説明があることから、昔の人もそういう女性を
 無茶苦茶に「怖がった」ことが想像されます。
 決して、現代だけの話じゃない!のです。
 クワバラ!クワバラ!

~日本史の「謎解き」02綱吉の可視政策~
~日本史の「謎解き」01信長の財テク~


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この記事へのコメント

2012年03月20日 20:28
鏡坂って初めて知りました。
神様は客席から能をご覧になっていたのですね。
勉強になります~。
能のルーツは翁なのだそうですが
翁の正体にはついては思い当たるところがありまして
トラコミュ日本史同好会にトラックバックしておきました。
ヤタノカガミのお話、楽しみにしています。
2012年03月21日 14:10
ご教示ありがとうございました。
早速「日本史同好会」の方を拝見しました。
「能楽」については、ペン太さんの方が遥かに博識であることを知りまして、住兵衛まことに赤面の至り!
また色々教えてください。

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