~暑苦しい名前~

○○天皇、と称するのは「諡(おくりな)」とか「諡号(しごう)」と
いい、天皇・上皇などが亡くなった後に、過去の天皇と区別する
ために、その方にふさわしいと思われるお名前を贈ることである
・・・らしい。 
(だから、どの天皇も生前に○○天皇と名乗ったことはない)

初代神武天皇から以降、ずっと後の元正天皇までの全天皇
(弘文と文武を除く)の「諡号」は、淡海三船という人物が一括で
付けたとされている。(異説もある)

それにしても、その間の四十ほどある「諡号」の中でも、
「天智天皇」と「天武天皇」 この二つはちょっと異色で、もっと
露骨に言えば、実に暑苦しい名前である。
天皇家の登録商標とも言える「天」の字を、ことさらに○○の部分
へも使っているのである。

ちなみに、その後の天皇を加えれば百人を超えることになるが、
その中でも、○○の部分へ「天」の字を使った諡号は、実はこの
お二人以外には誰もいないのだから、やはり、この「天の字」諡号
はかなり異例だとは言える。
まるで、系図上の天智と天武の部分だけを、蛍光ペンで
マーキングをしたような印象である。

そうすると、この「天の字」には何か特別な意味がある、と考えたく
なるのはヤジ馬の正しい感性である。

これでは、まるで選挙運動の連呼のようだ。 天智天皇は天皇家
の天皇ですよ」、「天武天皇も天皇家の天皇ですよ」と、強調する
こと自体、実は「不自然」なことではないのか。
なぜなら、天皇家は「万世一系」で連綿と受け継がれてきている
のだから、実はどの天皇も「天皇家の天皇」であるはずで、
そんなことを改めて声を大にして叫ぶ必要はないのである。

とすると、実際にこの「諡号作業」を担当した人物(淡海三船で
あれ、または他の誰であれ)には「暮々も忘れるな」という警告の
気持ちがあって、この点を後世の人に伝えるべく、敢えて
「天の字」採用の暑苦しい名前を用意した、のかも知れない。

さて、ここから先の展開は「日本史ファン」の皆さんなら概ね
想像がつくと思うが、念のために一筆啓上。
要するに、こう言いたかったのだとも推理できる。

― ―天武のメッセージである「日本書紀」には、天武は天智の
実弟と書かれていますが、本当は天智と天武は「血統」が異なる
「赤の他人」でしたよ。したがって、ここで皇統は「万世一系」では
なくなってしまいましたよ。― ―このことが後世の人にきちんと
伝わることを願っての「天の字・蛍光ペン」だったと思われるのだ。

「血統が異なる」ことについては、天皇家の菩提寺?に、天智以後
の歴代天皇はきちんと祀られているが、天武以降称徳女帝まで
の、いわゆる天武系の歴代天皇はきっちり除外されている、という
事実も傍証になるだろうし、加えて、三種の神器のひとつ
「草薙の剣」が「正統な」天皇であるはずの天武にタタリをなした、
とのエピソードが残っていることも変といえば変な話ではある。

一方「万世一系」については(諡号作業の時点では)天武即位に
よって確かに一旦は断絶したように見えたものの、結果として、
かろうじて「万世一系」は維持されたとも言えなくはない。

なぜなら、天武系最後の天皇・称徳女帝の後には、天智の孫・
光仁天皇が即位することで、天智系の復活が実現し、その間の
(天武本人を除いて)天武系の天皇全員が、実は持統天皇の
血筋であり、その持統本人は天智の娘なのだ。
と言うことは、「天武系」天皇の期間中は事実上「女系天智系」
の天皇が「一系」を維持していた、と言い換えることもできるから
である。
ことほど左様に、「万世一系」とは、ビミョーな話題でもある。

だからこそ、このお二人が最終的に、天智天皇・天武天皇という
暑苦しい名前に落ち着いたのには、それなりの深い理由が
あったと思うのである。

話はそれるが、現代にも天智天皇・天武天皇に負けないくらいの
「暑苦しい名前」はある。 たとえば、某○菱○京○FJ銀行・・・

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