アクセスカウンタ

zoom RSS テーマ「豊臣秀吉」のブログ記事

みんなの「豊臣秀吉」ブログ

タイトル 日 時
日本史の「タブー」01 天下人を脅した鬼作左
日本史の「タブー」01 天下人を脅した鬼作左 徳川家康(1543-1616年)の祖父・清康、次いでその子・広忠、さらには家康と 徳川家三代に仕えた譜代の臣・本多作左衛門重次(1529-1596年)は、特に 武勇に秀でたものがあったことから、「鬼作左」と綽名されたそうです。 その豪胆さは、戦時ばかりか平時においても遺憾なく発揮され、主君・家康 にも遠慮なく諫言した人物としても有名です。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2017/04/30 00:01
日本史の「事始め」14 流人”第一号”の半世紀
日本史の「事始め」14 流人”第一号”の半世紀 苦労の末に手にした自らの権力を我が子・秀頼に継承させるべく心を砕いた 晩年の豊臣秀吉(1537-1598年)は、その政権運営を配下の有力武将、 いわゆる「五大老」にサポートさせる体制を整えました。 その「五大老」の中には徳川家康・前田利家・毛利輝元らに混じって、 秀吉に可愛がられて猶子となった武将「宇喜多秀家」(1572-1655年)の名も ありました。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2017/04/25 00:01
日本史の「陰謀」20 確信犯?”殺生関白”を吹聴す
日本史の「陰謀」20 確信犯?”殺生関白”を吹聴す 何が違うの?・・・大方はこのくらいの説明になっています。 摂政 → 天皇に代わって「政(まつりごと)を摂(と)る」       女性・幼年・病弱の天皇に代わって政務を執り行う。       いわば「天皇の代理人」で、政策決済権を有する。       ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2017/02/20 00:01
日本史の「トホホ」19 天下様ボランティアに走る
日本史の「トホホ」19 天下様ボランティアに走る 〜とんでもないことを思いつき、後先を考えないでそれを実行   してしまう〜 人間にはそうした性癖があるのかもしれません。 このことは庶民に限らず、殿上人とか天下人とか呼ばれるような 身分の高い人でも例外ではないようです。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2016/04/25 00:02
日本史の「列伝」11 居場所をなくした十代武将
日本史の「列伝」11 居場所をなくした十代武将 以下が小早川秀秋(1582-1602年)のプロフィール。 ○羽柴(豊臣)秀吉(1537-1598年)の義理の甥として生まれる。   (奇しくも「本能寺の変」の年) ○秀吉の養子(1585年)になり、秀吉妻・おねに育てられる。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2016/02/15 00:00
日本史の「列伝」07 二転三転!藤吉郎と筑前守
日本史の「列伝」07 二転三転!藤吉郎と筑前守 豊臣秀吉(1537-1598年)なる人物の名乗り?の変遷は、 一般的にはこのように理解されているようです。 @木下藤吉郎秀吉/(1561年) おねとの結婚を機に A羽柴藤吉郎秀吉/(1573年頃)「羽柴」の名字を名乗る B羽柴筑前守秀吉/(1574年) 「官職名」を名乗る ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2015/09/05 00:01
日本史の「発明発見」10 ”地名改称”ゴマスリ音頭
日本史の「発明発見」10 ”地名改称”ゴマスリ音頭 地名は「言葉の化石」とも言われているそうですから、逆に 言えば、「地名改称」はその昔からあまり熱心に行なわれて こなかったということになります。 ひょっとしたら、先人達の 意識の中に、改称することに対しての宗教的または文化的な ある種のタブー感のようなものがあったのかも知れません。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2015/07/05 00:01
日本史の「もしも」02 秀吉の四人?の息子たち
日本史の「もしも」02 秀吉の四人?の息子たち 天下人・豊臣秀吉(1537−1598年)の没後、豊臣家は秀吉唯一の 男子・秀頼を後継者に立て、徳川家の圧力に抗し続けたが、 「大阪の陣」(1615年)において結局滅亡に至った・・・史実は こうなっています。 ではもしも、秀吉が複数の男子に恵まれていたとしたら、 豊臣家の天下はどうなっていたのでしょうか? ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2014/06/15 00:03
日本史の「女性」13 正室は知っていた!
日本史の「女性」13 正室は知っていた! 今回のタイトルにドキッとされた方もあるかも知れませんが、 ここでは“そのこと”に触れませんので、どうぞご安心ください。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

2014/01/20 00:01
日本史の「ツッパリ」10 五尺の体にみなぎる気迫
日本史の「ツッパリ」10 五尺の体にみなぎる気迫 近世以前の日本の歴史とは、お隣りの超大国・中国に 呑み込まれてしまわないよう、細心の気配りを続けた先人達の 「汗と涙と虚勢(ツッパリ)の物語」でもありました。 ...続きを見る

面白い ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 0

2013/10/25 00:25
日本史の「ツッパリ」09 ♪地球の上に朝が来る・・・
日本史の「ツッパリ」09 ♪地球の上に朝が来る・・・ ♪地球の上に朝が来る/その裏側は夜だろう/ 西の国ならヨーロッパ/東の国は東洋の・・・♪ ※「地球の上に朝が来る」作詞作曲:川田義雄(後:晴久に改名) ...続きを見る

面白い ブログ気持玉 1 / トラックバック 1 / コメント 0

2013/05/30 00:05
日本史の「陰謀」08 超裏ワザ・超極秘作戦
日本史の「陰謀」08 超裏ワザ・超極秘作戦 若い頃から数えて総勢347人との女性と関係を結んだA氏は ただの一人として子供には恵まれなかったのですが、53歳の折、 その時点での最愛の女性・B女(21歳)がひょっこり懐妊すると いう局面を迎えたのです。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 2 / コメント 0

2013/05/10 00:02
日本史の「逆転」03 秀吉のシックス・センス
日本史の「逆転」03 秀吉のシックス・センス 映画「シックス・センス」には、普通の人間にはない特殊な 能力を持った少年が登場しています。 日本史だって負けてはいられませんので、時折そんな 超能力者?もどきの人物を登場させていますが、多分、 豊臣秀吉(1537-1598年)もその種の一人と言えるのでは・・・ ...続きを見る

面白い ブログ気持玉 2 / トラックバック 4 / コメント 2

2013/02/10 08:30
日本史の「トホホ」01 小幡城の消滅マジック
日本史の「トホホ」01 小幡城の消滅マジック 「小牧・長久手の戦い」(1584年)は、信長が「本能寺の変」 (1582年)で倒れたあとの「後継者決定戦?」の意味合いを もった秀吉軍VS家康軍の唯一の直接対決であり、その意味 では両者ともに決して負けることのできない戦いでした。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2012/11/10 08:00
日本史の「謎解き」07 塀の上を歩いた茶人
日本史の「謎解き」07 塀の上を歩いた茶人 現代ですと「茶人」という言葉から文化人・芸術家を連想する人も 少なくないと思いますが、でも千利休が生きていた頃にはそのよう には見られていなかった気がするのです。 なぜ? それは利休が「切腹」させられているからです。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2012/09/30 07:00
日本史の「お国自慢」02 尾張系日本人の体験
日本史の「お国自慢」02 尾張系日本人の体験 昔からよく指摘されることですが、名古屋の人間はお世辞込みで 言うなら「保守的」、お世辞抜きなら「閉鎖的」な一面を持っている そうです。 もし仮にその通りだとしたら、その背景にある涙なし では語れない尾張系日本人?の「歴史体験」にもぜひ注目を。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 1

2012/07/10 08:45
日本史の「陰謀」03天下人の就職難
日本史の「陰謀」03天下人の就職難 三成 「いきなり、良いアイデアを出せ、と言われましても・・・」 秀吉 「やっぱり、箔を付けておかんことには迫力に欠けるゾ」 天下を取った秀吉に一番欠けていたもの、それは「正当性」、 平たく言えば「有資格」だった。 つい最近まで下層出身者の 「出世ぶり」を売りにしてきたのだから、それがないのは当然だ。 ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 2 / コメント 4

2012/03/15 13:15
〜木太刀と無念腹〜
これも地元・愛知県でのお話である。 知多半島の割合先端に近い地域の伊勢湾側に面した場所に 野間 も 内海 もある。 生きた時代は異なるが、源義朝と織田信孝の二人の武将が この地で生涯を終えている。 二人の「死」は決して穏やかとは言えないものであった。 ...続きを見る

驚いた ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

2011/09/23 22:06
〜太陽のコレクター〜
これほど「太陽」にこだわりを持つ民族もそう多くないので はないだろうか。 まず、国の名前からして、「日本(日の本)」。太陽のことである。 国のシンボルである国旗が、「日の丸」。これも太陽である。 国中で一番エラい神様が、「天照大神(アマテラス)」で、 天から照らすのは、やっぱり「太陽」だ。 では、仏様の方はといえば、これがまた「大日如来」(真言宗)が 一番エラいとされている。 ...続きを見る

面白い ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

2011/08/10 19:03

トップへ | みんなの「豊臣秀吉」ブログ

ヤジ馬の日本史 豊臣秀吉のテーマ/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる