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ヤジ馬の日本史

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ヤジ馬の日本史
ブログ紹介
日本の常識は世界の非常識?
そんな風土を培った「日本史」の不思議を
せっせとヤジ馬しよう! by 住兵衛
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部分に注目すれば ”大勢の人の姿”に、
全体を眺めれば ”人の顔”に見える不思議。
ならば、「日本史」こそは究極の ”だまし絵”
なのかもしれんゾ! by だまし絵師

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タイトル 日 時
日本史の「信仰」06 ”お蔭参り”サポートします
日本史の「信仰」06 ”お蔭参り”サポートします 江戸期には前後三回※1の「伊勢参り」フィーバーが起こって います。 @1705年(宝永2年)/A1771年(明和8年)、そして、 B1830年(文政13年/天保元年)です。 いずれも、いわゆる「お蔭年」※2に当たるため、別の言葉では 「お蔭参り」とも言いました。 ※1 推定参詣者数は@Bでは人口の12%以上、Aでは同6%以上 ※2 ほぼ60年間隔で巡ってくる「式年遷宮」の翌年のこと ...続きを見る

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2017/03/20 00:01
日本史の「言葉」23 恐ろしいものを二人見た
日本史の「言葉」23 恐ろしいものを二人見た 明治時代に入ってからのこと、元幕臣・勝海舟(1823-1899年)が こんな回想をしています。  〜おれは今までに天下で恐ろしいものを二人見た。    それは横井小楠と西郷南洲とだ〜 この場合の「恐ろしい」 とは、「夜叉面もどきの怖い面構え」という意味ではなくて、多分 人物の「桁外れの大きさ」を言ったものだと思われます。 ...続きを見る

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2017/03/15 02:15
日本史の「事始め」12 ”兵農分離”は金がかかる!
日本史の「事始め」12 ”兵農分離”は金がかかる! ”メッチャ強い”とされる戦国武将でも、兵の大半を農民に頼って いるようでは、「農繁期」の戦(争)は叶うものではありません。 便利な農機具もない時代ですから、「農繁期」の農民はそれこそ 猫の手を借りたいほど忙しいからです。 ...続きを見る

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2017/03/10 00:10
日本史の「トホホ」22 幕末八万騎VS八郎の嘘八百
日本史の「トホホ」22 幕末八万騎VS八郎の嘘八百 「旗本八万騎」とは、こう説明されています。 〜徳川将軍家の旗本の数を称したもの。 実際には旗本は   五千を少し上回る程度でであったが、御家人と陪臣を含め   れば、約八万騎であった〜 (三省堂・大辞林) この程度の説明なら、まあ大概の人には理解できると判断した ものでしょうが、どっこい、ここに使われている言葉自体が、 すでに分かりません。 ...続きを見る

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2017/03/05 00:05
日本史の「逆転」20 戦国冤罪?家康側の証人
日本史の「逆転」20 戦国冤罪?家康側の証人 織田信長(1534-1582年)から偏諱の「信」の字を、また下の字「康」 を父・徳川家康(1543-1616年)から与えられたのが、後に「切腹」 に追い込まれることになる家康嫡男・松平信康※(1559-1579年/ 生前は徳川姓)です。 ...続きを見る

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2017/03/01 00:01
日本史の「アレンジ」16 悲運に遭遇!公武合体
日本史の「アレンジ」16 悲運に遭遇!公武合体 「都市伝説」かもしれませんが、こんなお話が残されています。 ある時、舞踊家イサドラ・ダンカン※1(女性)が、作家バーナード・ ショー※2(男性)にこう言って結婚を申し込んだ。 〜貴男の頭脳と私の肉体を持った子供が生まれたら、   どんなにかすばらしい事でしょう〜  ところがショーはこう答えて辞退した。 〜私の肉体と貴女の頭脳を持った子供が生まれたら、   どんなにか大変ですよ〜 ※1 モダンダンスの祖と言われる(1878-1927年)アメリカ ※2 「皮肉屋」としても有名な作家... ...続きを見る

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2017/02/25 00:01
日本史の「陰謀」20 確信犯?”殺生関白”を吹聴す
日本史の「陰謀」20 確信犯?”殺生関白”を吹聴す 何が違うの?・・・大方はこのくらいの説明になっています。 摂政 → 天皇に代わって「政(まつりごと)を摂(と)る」       女性・幼年・病弱の天皇に代わって政務を執り行う。       いわば「天皇の代理人」で、政策決済権を有する。       ...続きを見る

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2017/02/20 00:01
日本史の「誤算」04 武士団スフィンクスに立つ
日本史の「誤算」04 武士団スフィンクスに立つ あまり有名な出来事ではない(筆者の無知?)かもしれませんが、 1864年のこと、備中国(現:岡山県)井原領主・池田長発 (ながおき/当時28歳/1837-1879年)をリーダーとした34名からなる 「遣欧使節団」が幕末の日本を離れ、遠くフランスへ渡航した 事実があります。  これより2年ほど前の「文久遣欧使節」を第1回とするなら、 これは第2回に当たるものでした。 ...続きを見る

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2017/02/15 01:35
日本史の「油断」06 龍馬はどれ?”○○屋事件”
日本史の「油断」06 龍馬はどれ?”○○屋事件” 寺田屋と池田屋・・・坂本龍馬(1836-1867年)の暗殺現場は どっちだっけ? 一瞬迷いが走りますが、どっこい、意地の悪いことに正解は 「近江屋」なんですねぇ、これが。 ちなみに(どうでもいいことですが)、筆者の町の「酒店」は 由緒正しく屋号「三河屋」を名乗っています。 ...続きを見る

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2017/02/10 00:15
日本史の「発明発見」15 霊薬は蓬莱島に”あつた”!
日本史の「発明発見」15 霊薬は蓬莱島に”あつた”! 〜不老不死 こんなものかと 見る造花〜  とあるお寺の掲示板で見かけた言葉ですが、思わず唸って しまいました。 〜うまい!座布団一枚ッ!〜 ...続きを見る

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2017/02/05 00:01
日本史の「デジャヴ」20 昔の古墳は今のオンカロ?
日本史の「デジャヴ」20 昔の古墳は今のオンカロ? 先進国と称される各国では、原子力発電所の使用済み核燃料 など、いわゆる「放射性廃棄物」の処理に大変な苦労をしている ようです。 なにせ、それが安全なレベルに達するまでには、ざっと10万年 の時間が必要とされているのですから、その間をキッチリ管理 することは確かに容易ではありません。 ...続きを見る

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2017/01/30 00:01
日本史の「信仰」05 無理を通せば”祟り”が怖い
日本史の「信仰」05 無理を通せば”祟り”が怖い 政界絶対の実力者・藤原不比等(659-720年)の三女として 生まれた光明子(701-760年)は、後に第45代・聖武天皇 (701-756年)に嫁ぎ、さらには史上初の「人臣皇后」にまで 上り詰めた(729年)ことで、別に「光明皇后」の名でも知られて います。 しかし、この〜皇族以外の者が「皇后」になること〜つまり 「人臣皇后」の出現は、この国の昔の昔からの伝統・ルールを 根底から覆す出来事でした。 ...続きを見る

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2017/01/25 00:01
日本史の「もしも」09 風前?日本版”アヘン戦争”
日本史の「もしも」09 風前?日本版”アヘン戦争” 七つの海を跨く「イギリス帝国」を構想し、世界各地に 「植民地」を拡大していたのが19世紀のイギリスです。  アジアにおいては、清国(中国)を標的とした「アヘン(阿片) 戦争」(1840-1842年)も、まさにそうした行動の一つでした。 ...続きを見る

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2017/01/20 00:30
日本史の「災難」04 複雑系?四兄弟の幕末維新
日本史の「災難」04 複雑系?四兄弟の幕末維新 いわゆる「幕末維新」のお話ですが、やや複雑系?の内容に なりますので、体調もしくは頭調が優れない方にはお奨め いたしておりません。 その点、悪しからずご了承ください。 ...続きを見る

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2017/01/15 00:01
日本史の「怪人」16 盗っ人伝説ねずみ小僧
日本史の「怪人」16 盗っ人伝説ねずみ小僧 創作上の人物とばかり思い込んでいた盗っ人「鼠小僧」(ねずみ こぞう)。 これが実在した人物だと知って、ちょっとビックリ。 〜顔は頬被り、「千両箱」を軽々と抱え、瓦屋根の上を身軽に   走り、ひと気のないところでフワリと路上に舞い下りる〜 映画ドラマで描かれる、いささか現実離れしたこんな姿が焼き ついていたからです。 ...続きを見る

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2017/01/10 00:45
日本史の「誤算」03 急進派・安兵衛の目論見
日本史の「誤算」03 急進派・安兵衛の目論見 「堀部武庸」(ほりべたけつね/1670-1703年)の名で、すぐさまピンと 来る人は少ないかもしれませんが、別の名乗りならかなりの 有名人と言えそうです。 チョンガー時代は「高田馬場の決闘」(1694年)の「中山安兵衛」 として、また所帯を持った後の「堀部安兵衛」の名は、赤穂事件・ 「吉良邸討ち入り」(1703年)浪士の一人としてよく知られている と思われるからです。 ...続きを見る

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2017/01/05 00:01
日本史の「謎解き」26 トンデモ?初代皇后の古墳
日本史の「謎解き」26 トンデモ?初代皇后の古墳 筆者の生息地・愛知県西部が「尾張」と呼ばれるようになった のは、こんな神話が元になっているそうです。(異説もあり) 〜「素戔嗚尊(スサノオ)」が怪獣「八岐大蛇(ヤマタノオロチ)※」を   ずったずったに斬り倒したあと、その尾を割り裂いてみると、   中には一振りの剣があった〜  ※八つの頭と八本の尾を持ち、かつ八つの山と谷を渡るほどの巨大怪獣 ...続きを見る

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2016/12/30 00:20
ヤジ馬の日本史〜超駄級記事一覧〜 301-400編
ヤジ馬の日本史〜超駄級記事一覧〜 301-400編 これまでの記事が通算400本に到達したのを機に、 今回改めて直近100編(301〜399)を整理してみました。 全編が粒揃いの「超駄級」であるため、全国のヒマ人様からは 「時間潰し」のベストアイテムとしてご好評?を頂いています。                                   管理人:住兵衛 ...続きを見る

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2016/12/25 00:01
日本史の「怪人」15 販促イベント?北斎の達磨
日本史の「怪人」15 販促イベント?北斎の達磨 江戸時代後期の浮世絵師・葛飾北斎(1760-1849年)には、 ユニークな逸話が数多く残されています。 たとえば、 ○改号すること30回? (異見もあり/「北斎」はその内の一つ) ○生涯に93回?の引っ越しを繰り返した。 ○どの住まいも掃除をすることなく「ゴミ屋敷」化が常だった。 ○金銭に無頓着なあまり極端な貧乏生活だった。 ○当時の「人名録」には「居所不定」と記録されてしまう。   →頻繁な引っ越しや長期旅行がその理由か? ...続きを見る

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2016/12/20 00:01
日本史の「信仰」04 災い列島!幕末の改元
日本史の「信仰」04 災い列島!幕末の改元 芳しくないことが続くと、〜それまでのことを水に流す〜とか 〜祓い給え清め給え〜などの神道的感性をもって、心機一転、 あるいは気分一新、つまり「仕切り直し」をしたいとする心根を 日本人は昔から持っているようです。 ...続きを見る

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2016/12/15 00:01

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