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ヤジ馬の日本史

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ヤジ馬の日本史
ブログ紹介
日本の常識は世界の非常識?
そんな風土を培った「日本史」の不思議を
せっせとヤジ馬しよう! by 住兵衛
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部分に注目すれば ”大勢の人の姿”に、
全体を眺めれば ”人の顔”に見える不思議。
ならば、「日本史」こそは究極の ”だまし絵”
なのかもしれんゾ! by だまし絵師

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タイトル 日 時
日本史の「微妙」05 多重国籍?将軍の苦悩
日本史の「微妙」05 多重国籍?将軍の苦悩 艶福家として有名な?水戸藩主・徳川斉昭を父、またその正室である宮家 (有栖川)出身の吉子女王を母として、江戸・小石川の水戸藩邸で生まれた のが、江戸幕府最後の将軍となった第15代・徳川慶喜(1837-1913年)です。 ということは、慶喜の体には生まれながらにして「水戸藩()徳川家」と 「皇室(天皇家)」の両方の血が流れていたことになります。  ...続きを見る

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2017/10/20 00:10
日本史の「トホホ」24 日蓮サン予言?の星取表
日本史の「トホホ」24 日蓮サン予言?の星取表 日本の歴史には、時として「日本人離れ」?した人物が登場します。  たぶん、日蓮宗(法華宗)宗祖・日蓮(1222-1282年)もそうした一人に 挙げていいのでしょう。 なにせ、みんな仲良くの「和」をモットーとする日本社会にあって、いわば 「唯我独尊」的なこんな主張をしていたのですから。 〜念仏無間・禅天魔・真言亡国・律国賊〜  ...続きを見る

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2017/10/15 00:01
日本史の「列伝」16 証文通りで何かご不審が?
日本史の「列伝」16 証文通りで何かご不審が? 現代社会で暮らすほとんどの人間には、社会通念として「公と私」という 観念上の境界線が存在しています。 〜「公」とは社会生活における自分(公人として)の立場であり、「私」とは   自分(私人として)のプライベートな生活〜  ごく大雑把に捉えるならこんなところでしょうか。 ...続きを見る

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2017/10/10 00:01
日本史の「発明発見」17 情報新幹線の誕生と終焉
日本史の「発明発見」17 情報新幹線の誕生と終焉 〜殿中(江戸城内)において浅野長矩が吉良義央に刃傷に及ぶ〜 いわゆる「元禄赤穂事件」(1701年)の発端となった出来事ですが、 この第一報は、当時の常識を打ち破る“驚異的なスピード”をもって、 国許の赤穂まで届けられました。 ...続きを見る

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2017/10/05 00:01
日本史の「言葉」25 長い物には巻かれよ 戦国版
日本史の「言葉」25 長い物には巻かれよ 戦国版 〜勢力・権力のある者には逆らわないほうが身のためであるゾ〜 こうした意味の助言・忠告の格言が、〜長い物には巻かれよ〜 なかなかに説得力のある言葉ですが、幸いなことに、長い歴史の中には、 この言葉を彷彿とさせる出来事を見つけることができます。 ...続きを見る

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2017/09/30 00:01
日本史の「デジャブ」21 おデコの広さが命取り
日本史の「デジャブ」21 おデコの広さが命取り 顔面の上方にある“おデコ”(額/ひたい)の定義?は、一般的にこのくらいの ものでしょうか。 〜顔上部にある、眉(まゆ)と髪の生え際までの間のスペース〜 もっとも細かいことを言い出せば、その目印になる「生え際」の位置を特定 するのが困難な人もありそうですが。 しかしいずれにせよ、人体全体の大きさに比べたら、相当に「狭いエリア」で あることは間違いありません。 ...続きを見る

ナイス ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

2017/09/25 00:01
日本史の「微妙」04 コトはその前日に済んでいた!
日本史の「微妙」04 コトはその前日に済んでいた! 若い頃は嬉しくて、齢を重ねごとにイヤになっちゃうのが「誕生日」です。  昨今の日本ではこれを「三ケタ」(百歳)まで伸ばす人も珍しくありませんが、 それでも、さすがに「四ケタ」「五ケタ」までは無理なようで、このへんが 動物界の長寿者である鶴(千年)や亀(万年)との違いかもしれません。 それはともかく、「人間五十年」という言葉もあった通り、平均的に先人達は 現代人ほどには長命ではありませんでした。 ...続きを見る

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2017/09/20 00:01
日本史の「付録」02 世の中には二種類の人間がいる
日本史の「付録」02 世の中には二種類の人間がいる 随分と昔の映画の中にこんなセリフがあったことをヒョッコリ思い出しました。  正義の人VS悪漢の対決が見せ場という、お約束通りの展開の「西部劇」で、 その中で正義の人が悪漢に向かって吐いたこんな言葉です。 〜世の中には二種類の人間がいる。 (建物に)ドアから入るヤツと   (お前のように)窓から入るヤツだ〜 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

2017/09/15 00:20
日本史の「逆転」21 イトコ同士の真逆な信念
日本史の「逆転」21 イトコ同士の真逆な信念 戦国の世の最終勝者となり、江戸幕府を開いた徳川家康(1543-1616年)の 子孫にはこんな人たちも混じっていました。 家康→  三男・秀忠→庶子・保科正之(1611-1673年) 家康→十一男・頼房→三男・徳川光圀(1628-1701年) ここでの保科正之の父“秀忠”と、徳川光圀の父“頼房”とは、24歳離れた 兄弟(共に家康の子)ということですから、要するに正之と光圀は共に家康の孫 であり、両者は17歳違いの「従兄弟(イトコ)」の間柄ということになります。 ...続きを見る

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2017/09/10 00:01
日本史の「謎解き」27 生身の神は意思を持つ
日本史の「謎解き」27 生身の神は意思を持つ 21世紀に入ってから、いわゆる「イスラム国(IS)」による活発な?行動をよく 耳にするようになりました。 いわゆる「テロ」行為です。 ところが現代日本人には、その「イスラム教」に平均的に縁が薄いことも あって、その宗教的・政治的な背景までには充分な理解が及んでいません。 概ねこんな程度の大雑把な理解が精一杯なところでしょう。 ...続きを見る

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2017/09/05 00:01
日本史の「ツッパリ」20 後期高齢源氏の一念発起!
日本史の「ツッパリ」20 後期高齢源氏の一念発起! 「年寄りの冷や水」・・・簡単にいうなら、無分別に若者のマネをする高齢者を 冷やかしたり警告したりする時に使われる言葉です。  ところが歴史は、それとは逆に「年寄りの熱血」と呼びたくなるような人物も 登場させています。  たとえば、イマイチさえない状況にあった源氏が栄華を極める平氏に挑んだ 時代の源頼政(1104-1180年)なぞは確実にその一人と言えるでしょう。 ...続きを見る

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2017/08/30 00:01
日本史の「タブー」02 先駆者は良心の呵責を抱く
日本史の「タブー」02 先駆者は良心の呵責を抱く 征夷大将軍・坂上田村麻呂を派遣し、東北地方のいわゆる「征伐」が一応の 成果を収めたと判断した第50代・桓武天皇(737-806年)は、もう御用済みと ばかりに、現代で言う軍隊も警察も実質的に無くしてしまいました。  随分と思い切った行動に思えますが、桓武天皇自身はそうしたものを 無くしてしまうことで、平和な世の中が訪れると考えたのでしょう。 ...続きを見る

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2017/08/25 00:01
日本史の「事始め」15 日本の国旗はどう決めたの?
日本史の「事始め」15 日本の国旗はどう決めたの? 白地の中央に太陽(日章)の赤丸をあしらった日章旗(日の丸)を、いつ 日本国の国旗と決めたの? 突然にこんな素朴な疑問をぶつけられたら、 多分即答できない人の方が多数派だと思われます。 ...続きを見る

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2017/08/20 00:20
日本史の「もしも」11 神仏系会員の匿名座談会
日本史の「もしも」11 神仏系会員の匿名座談会 キリスト教やイスラム教などいわゆる「一神教」において、数多の神サマ 仏サマが一堂に会することなぞは絶対にあり得ないことのひとつです。 なにせ、一神教の世界では「唯一」の存在ですから、それがグループに なったり集団になったりする概念はモトからありません。 ところが、これが日本の場合だと、決して無理難題というわけでも無くなって きます。 なにせ神サマだけでも「八百万」の上に、「数多」の仏サマが いらっしゃるのですから。 ...続きを見る

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2017/08/15 00:01
日本史の「信仰」08 時代は殉死を御法度に
日本史の「信仰」08 時代は殉死を御法度に 病死にせよ自然死にせよ、主君が亡くなった場合に家臣・従者や近親者が その死を悼んで「追い腹を切る」、いわゆる「殉死」は、戦たけなわの 「戦国時代」にはあまり流行らなかったそうです。 この時代に戦さ以外の理由で死んでしまったのでは、その分だけ戦力を低下 させてしまうわけですから、考えてみれば当然なのかもしれません。 ...続きを見る

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2017/08/10 00:01
日本史の「パクリ」12 頭のテッペンに”愛”がある
日本史の「パクリ」12 頭のテッペンに”愛”がある 工場作業や現場作業、はたまたオートバイに乗るときでさえ、現在は多くの 場合、”頭部”を守るヘルメットの着用が義務付けられています。 人体で最も大切で脆弱な部分が、その“頭部”に他ならないからです。 とは言うものの、丈夫さを優先させるあまり、それがデカすぎたり重すぎたり したのでは、本来の作業や動作に支障をきたすことにもなります。 仮にこれが原因で不測の事故を招いたとしたら、それこそ「本末転倒」です からね。 ...続きを見る

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2017/08/05 00:01
日本史の「誤算」06 ”盛者必衰”家康の回避方程式
日本史の「誤算」06 ”盛者必衰”家康の回避方程式 隣国の遠江・駿河を治める大大名・今川義元(1519-1560年)に屈する形で 人質生活を送ったのが、後に徳川家康(1543-1616年)と名乗ることになる 若き日の松平元康でした。 当主・元康自身が人質境遇ですから、その家臣達はほとんど奴隷?の扱いを 受け、そればかりか自領・三河は今川家の植民地?もどきの状況にあったと いうことになります。 ...続きを見る

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2017/07/30 00:01
日本史の「陰謀」22 歴史は勝者が作る・・・もの?
日本史の「陰謀」22 歴史は勝者が作る・・・もの? 〜歴史は勝者が作る〜という言葉があります。 新たに支配者となった「勝者」が、自らを正義とした主張に沿って次の時代の 社会秩序が構築されていくことを思えば、確かに説得力のある言葉です。 ...続きを見る

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2017/07/25 00:01
日本史の「忘れ物」25 列島民族生来の信仰DNA
日本史の「忘れ物」25 列島民族生来の信仰DNA 21世紀が明けたばかりの2001年、アメリカ「同時多発テロ(9・11)事件」が勃発 する半年前の3月12日のこと。  イスラム主義組織「タリバン」がアフガニスタンバーミヤンの大仏」(磨崖仏※) を爆破破壊するという大事件を引き起こしています。 ※「まがいぶつ」→そそり立つ岩壁に刻まれた仏像。 ...続きを見る

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2017/07/20 00:01
日本史の「災難」07 トレンドは出世から平和へ
日本史の「災難」07 トレンドは出世から平和へ 平和をドップリ享受している現代人からすれば幾分首を傾げたくもなる風潮 ですが、戦国乱世の時代には国民の中にも「戦争」が無くならないことを 期待する気分が濃厚にありました。  〜なんでまた、そんな「命懸け」の事態を望むのか?〜 理由は単純。  実は絶好のサンプル?が目の前に存在していたからにほかなりません。 ...続きを見る

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2017/07/15 00:01

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