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zoom RSS 日本史の「発明発見」21 タイムトラベル平等思想

<<   作成日時 : 2018/07/10 00:01   >>

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キリスト教には「神の前の平等」という思想があります。
この思想のホントに意味するところはイマイチ詳しく知りませんが、どうやら、
〜神と自己とは一対一の関係にあって、神と自分との間に比較できる対象が
  入り込む余地がない(から平等である)〜
という説明になるようです。

また、近代国家では「法の下の平等」とする理念を基本原則の一つにして
います。 これも、表面だけをメッチャ大雑把になぞれば、
〜すべての人は法律上平等に取り扱われなければならない〜との理解に
なり、民主主義の根幹にはこの考え方が取り入れられています。

ですから、古今東西を問わず「人間は皆平等である」という理念を理想と
して、その実現に情熱を傾注してきたのが、人間の歴史と言えるのかも
しれません。 しかし、これらは皆いわば「外国産」の思想です。
では、日本民族にはこうした「平等思想」が育たなかったのか?

どうやら、そんなわけでもないようです。
たとえば、鎌倉仏教の担い手の一人浄土真宗の宗祖・親鸞(1173-1263年)
サンなぞはこんな見解?を示しています。
〜阿弥陀如来の前では(身分階層に関わらず)みんな平等〜

要するに、このくらいの意識になるのでしょう。
〜まことに偉大な阿弥陀如来サマの前においては、天皇公家も武士も庶民も、
  はたまた僧であろうがなかろうが、そんな違いなぞは「目クソ鼻クソを笑う」
  ようなもので、何ら意味のないことだ〜
 
念のためですが、「目クソ鼻クソを笑う」とは筆者が持ち出した比喩であって、
親鸞サンご自身はこんな品のない言葉は使っておられませんのじゃが。

その思想の実践として、この親鸞サンは仏僧の身でありながら一般人と同様に
結婚もしましたし子供も儲けました。
当時の仏僧にとって女性と交わることは究極のタブーだった時代に、です。
(ただし、実際には「隠し妻」を持った破戒?僧侶も少なくなかったようですが)
この絶対の?タブーに真正面から立ち向かったのですから、その意味で
親鸞サンは根っからの生真面目人物だったといえそうです。

「絶対的な存在を認め、その前では皆平等」・・・ここら辺りは神サマ(キリスト)
と仏サマ(阿弥陀如来)の違いこそあるものの、「キリスト教」と「浄土真宗」は
似ているといえそうです。
ただ、その「神サマ/仏サマ」に仕える人間についての定義?には多少の
違いがあるように見えます。

キリスト教なら「神父」「牧師」がそれに仕える役割を担っていますが、
神父/カトリック系であり、信者を指導する?役割
牧師/プロテスタント系であり、信者のお世話をする?役割
これがざっとしたイメージで、そこにはチョイ違いがあるものの、どちらに
せよ信仰面でサポートする役割という点では変わりありません。

また仏サマ側の親鸞サンの場合は、一般の僧とはこれまたチョイ違って、
「非僧非俗」(僧でもなく俗人でもない)という自らの立ち位置を主張されて
います。
非僧/葬式・法事・墓番など、死人の後始末は坊主(僧)の仕事ですから、
     生きた人間(の救済)だけを対象にしている私は決して僧では
     あり得ません。
非俗/生きた人間に仏の教えを説いている私ですから、一生を金や物を
     求めて暮らす在家俗人ともチョト違います。

いささかお話が逸れましたが、要するに、
〜想像を絶するほどに飛び抜けて大きな存在(神や仏)の前では、
  人間個々(の貧富・身分・能力など)の差なんぞは、誤差範囲内の
  微々たるものだから、「人間皆平等」として何らの不都合はない〜

ということになるわけです。

こうした思想は、歴史的にも必ずしも特殊なものでもないようで、その
分かりやすい例が、日本では幕末維新の時代にも登場しています。
〜「(至高の存在である)天皇の前では(万民)平等」〜 こう捉えたのは
長州藩・吉田松陰(1830-1859年)でした。

奇兵隊01 万葉集講談社01








   奇兵隊(草莽崛起)/万葉集(講談社)/

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時の孝明天皇(1831-1867年)が身長体重の面で「飛び抜けて大きな存在」
だったかどうかは寡聞にして存じませんが、何しろ「天照大神」の御子孫
ですから、その意味では余人の及ぶところではないメッチャ「大きな存在」で
あることは間違いありません。

歴史の流れを眺めてみれば、その「天皇」が「冷や飯」を食っていた時代も、
確かにあったとはいうものの、この国(日本国)の信仰においては、まさしく
「至高の存在」であり続けました。
「天皇」を亡き者にしようと企て、またそれを成就させた権力者が、どの時代
にも登場していないことが、その証拠と言ってもよさそうです。

そうした土壌の中にあって、幕末期の幕府は対外政策を巡って権力者と
しての信用失墜を重ねてしまったのですから、相対的にいやでも天皇の
株が上がることになります。
「天皇の前では平等」ということなら、幕府が金科玉条としてきた
〜武士でもない(身分なき)者が御政道に口を挟むなぞは言語同断ッ!〜
この鉄則?に変更を加えても何らの不都合はない、ということになります。

「草莽崛起」(そうもうくっき)・・・焼き菓子のクッキーではありません。
松陰が掲げた思想です。
〜志を持つ在野の人々よ、さあ立ち上がり成し遂げよう〜
要するに、公家衆も武士も町人も百姓も、「天皇の前では平等」なのだから
志がある者が御政道に参加するのに何の遠慮がいるものか、ということで、
今風なら「草の根政治運動」ほどの意味合いになるのでしょうか?
ですから、現代では空気のように当たり前になっている「国民」という概念・
意識は、日本ではここに始まったと言えるかもしれません。

「草莽崛起」路線?に沿う形で結成された「奇兵隊」の名称と編成にも
この思想はモロに反映されています。
「奇兵隊」との名称は、アナタがイメージするような「奇ッ怪な人達の集団・
ケッタイな兵隊」を意味して付けたものではありません。

藩士だけにその資格を認めた「正規兵」の反対語であり、またその編成も、
従来の「正規兵」とは異なって、藩士以外の武士や町人・百姓などから
なる混成部隊を編成して、これを「奇兵隊」(身分縛りの正規兵とは違うゾ)
と名乗ったのです。
ですから、必然的に、その背景に「人は皆平等」とする思想があってこその
「奇兵隊」ということになり、その思想がなければ誕生することすらあり得な
かった存在です。

では、幕末の思想家・吉田松陰や、その遥か昔の宗教家・親鸞が登場する
以前の日本では、「人は皆平等」とする思想はなかったのか?
「いぃや、確かにあったゾ」と主張されていたのが、先年亡くなった評論家・
渡部昇一氏(1930-2017年)です。

生前の氏は、常々こんな意味のことを述べていたようです。
日本には〜和歌の前の平等〜があった。
なんのこっちゃ?と首を傾げる向きも少なからずあると思われますが、
どうやらこんな主張だったようです。

〜「万葉集」においては、歌さえ上手ければ、天皇も貴人も大氏族も、
  はたまた下級官僚も兵士も農民も乞食も遊女も、さらには男も女も
  富者も貧者も皆平等であった〜

なるほど、ド〜ンと4500首以上もの和歌を集めた「万葉集」(完成:8世紀
後半?)の中には、確かに様々な身分・階層の人間が詠んだ歌が混在
しています。 ですから、この意見は十分な説得力を備えています。

作者の貴賤を問わず、それを一か所に集めた歌集・詩集が存在するなぞは
世界的視野で眺めても、まったくもって稀有な例とされていますから、
ひょっとしたら、この時代既に日本民族固有の「人間の平等」感性が育って
いたのかもしれません。

そう言えば、「万葉集」よりさらに以前の時代の政治家・聖徳太子(574-
622年)が携わったとされる「十七条憲法」(成立:604年?)にはこんな意味の
条文があります。
〜(第17条)必ずみんなと相談して決めるべきで独断はよろしくないゾ〜

では、その相談とは? 
要はみんなが雁首を揃えて話し合うことですから、仮に建前だけとしても、
参加者が平等な立場にないことには叶うことではありません。
命令や通達をすることはできても、それを「相談」とは言わないからです。
してみると、現代とは違ったものだったにせよ、「万葉集」よりもさらに
以前に、既に「平等思想」もどきの概念はすでに生まれていたと考える
こともできそうです。

いやあ、「人間平等」にはメッチャ思い歴史・伝統が染み込んでいるなぁ。
こんな感心をしていたら、古代ギリシャ・ローマでは、紀元前の時代から
とっくに政治テーマとして取り上げていたそうですから、ウーン上には上が
あるものです。

現代人日本人にとって最も肌で感じにくいもの・・・これが巷間言われて
いるように「身分(の上下)」という概念・感覚だとしたら、日本民族は
聖徳太子以後も割合上手に「平等思想」を取り込んできたのかもしれません。

それはそうと実は筆者の友人に、生まれながらにして「完全無欠の平等」を
獲得した御仁がいます。 で、その名は「平等(たいら・ひとし)」・・・ってか?
へへッお粗末な冗談ですから、どうかここだけの話にしておいてくださいネ。



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