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zoom RSS 日本史の「トホホ」22 幕末八万騎VS八郎の嘘八百

<<   作成日時 : 2017/03/05 00:05   >>

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「旗本八万騎」とは、こう説明されています。
〜徳川将軍家の旗本の数を称したもの。 実際には旗本は
  五千を少し上回る程度でであったが、御家人と陪臣を含め
  れば、約八万騎であった〜
 (三省堂・大辞林)
この程度の説明なら、まあ大概の人には理解できると判断した
ものでしょうが、どっこい、ここに使われている言葉自体が、
すでに分かりません。

そこで、一つ一つをマメに調べ要約してみると、
旗本/将軍家直属の家臣(直参)のうち石高が1万石未満で、
     将軍出席の場に参列できる「御目見」以上の家格。
     将軍家からすれば、最も信頼できる「近衛兵」。

御家人/同じく直参ではあるものの、将軍「御目見」はできない
      家格で、旗本より一ランク下の「近衛兵」。
陪臣/将軍家から見て、「家来(直参)の家来」に当たる立場。

辞典の説明では、この「八万騎」を根拠のある数字として扱って
いますが、実はこれとは異なる見解もあります。
この「八万騎」は実数を示しているのではなく、江戸「八百八町」
大坂「八百八橋」、はたまた「八百万神」などと同様に、単に
「メッチャ多い!」ことを「八」で表現しているものとの解釈です。

どちらが正しいのかよく分かりませんが、しかし、純粋な「旗本」
に限れば、たかだか「五千人」。
これをなんと「八万騎」・・・そんな大ホラを吹いて、将軍家に
なんぞのメリットがあるのか? 実はあります。
幕府に対していささかの不満を抱く外様大名などを牽制する
意味では、それなりに有効なキーワードになるからです。

外様とて、「旗本」についてはある程度正確な情報は把握して
いたでしょうが、それでもやっぱり、公称「八万騎」ともなれば、
幾分は腰が引ける思いが働くのも事実です。
〜突っかかるのはいいけれど、返り討ちになってはなぁ〜

デモ参加者の人数を警察側が一万人と踏んだのに対し、
デモ主催者側がその数を十万人と発表して気勢を上げる。
人間のやることは今も昔もあまり変わりがないようで、この場合
の幕府側のホラ吹き姿勢は、これに似たところがあるということ
なのかもしれません。

それはさておき、幕末のころになると、この「八万騎」?は概ね
経済的困窮を極めるようになり、その中には「旗本株を売る」者
まで登場しています。 
もっとも、現代の「上場株売買」の取引とはそのやり方が違い、
具体的には「旗本」が金満商家の次男坊などを養子に迎え、
家督を譲るという方法が多かったようです。

しかし、そこまで貧乏になってしまうと本来の「将軍家近衛兵」の
役割すら、まっとうできるはずもありません。 
そんな中にあって、第14代家茂(1846-1866年)の「将軍上洛」
(1863年)です。


上洛家茂51 清河八郎51 







家茂上洛/「江戸名所尾張町の図」  清河八郎

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将軍家にとっては、第3代家光以来実に229年ぶりの上洛であり、
また、尊王攘夷の熱に浮かされた世相のさなかの行事ですから、
まさしく「危険がいっぱい」という状況です。
〜ヒョッコリ、将軍に危害が及ぶようなことがあろうものなら
  幕府のメンツは丸潰れ。 さりとて「旗本八万騎」に任せるの
  では、これはいかにも頼りない〜


そんな心情を見透かしたように、一介の浪人・清河八郎(1830-
1863年)
が、幕府に近づきこんな言上を。
〜幸いなことに腕の立つ浪士もゴッソリと揃っているのですから、
  こうした連中を将軍護衛に当てたらいかがでしょう〜

痒いところに手が届く、とはこのことです。

幕府の気持ちがクラッと傾いたところで、すかさず、
〜資金援助をお願いできるなら、私が差配いたしましょうほどに〜
「水心あれば魚心」「持ちつ持たれつ」、どういう表現が適切なの
かはともかくも、この点清河はよほど弁の立つ人物だったようで、
結果として幕府はその提案に乗りました。

このことで「近衛兵」という本分を横取りされた形になったのが、
いわゆる「旗本八万騎」です。
しかし不思議なことに、これに対する「八万騎」側からの苦情の
声が上がることはありませんでした。
〜他人がやってくれるなら、それはそれで有り難いしぃ〜
こう思っていたのかもしれません。

ところが、この後の経緯は二転三転。
首尾よく幕府から資金を出させることに成功した清河は二百名
以上の浪士を集めて京に入りました。
その際に清河から出た言葉が、
〜各々方ッ! お誘いした本心は幕府のサポートではなく、
  討幕側に助力することなのだッ! よろしく頼むゾ!〜


当然、この清河の「後出し提案」?に反発を示す者もあり、この
グループを脱会?したのが、近藤勇(1834-1868年)たちの
一派で、この後「新選組」結成へと動いていきます。

つまり、幕府は一浪人・清河八郎にまんまと騙された上に、
資金までかすめ取られたわけです。
この運びからすれば、元祖「振り込め詐欺」?の栄誉は、この
清河八郎が手にすべきものなのかもしれません。

それにしても、将軍上洛という、ここ二百年で最大のイベントにも
拘わらず、一浪人にコロッとだまされた「幕府」。
そして、本来その役割を負うべき近衛兵「旗本八万騎」は、
ひたすら沈黙を守っていたのですから、この頃の政府中枢は、
すでに「死に体」の状況にあったとも言えそうです。

事実、この「将軍上洛」の数年後、幕府は明治天皇に対して
「大政奉還」(1867年)を奏上し、ここにおいて「江戸幕府」は
その幕を閉じました。

さて、ここからは混じり気なしの余談ですが、「旗本」と聞くと、
ついつい映画の早乙女主水之介こと「旗本退屈男」を
イメージしてしまいます。 ※(さおとめ・もんどのすけ)

〜禄は低けれど直参旗本〜 これがお約束の名セリフですが、
それにしては、その主水之介の服装がいかにもキンキラキンで
豪華絢爛! 
ですから、〜旗本直参〜は認めるにしても、〜禄は低けれど〜
の方はさすがにちょっとイヤミな「御謙遜」に聞こえてしまい、
少しばかり違和感を覚えるところです。




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