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zoom RSS 日本史の「逆転」20 戦国冤罪?家康側の証人

<<   作成日時 : 2017/03/01 00:01   >>

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織田信長(1534-1582年)から偏諱の「信」の字を、また下の字「康」
を父・徳川家康(1543-1616年)から与えられたのが、後に「切腹」
に追い込まれることになる家康嫡男・松平信康※(1559-1579年/
生前は徳川姓)
です。

通説によれば、その「切腹」の発端は信康正室・徳姫(1559-
1636年)
が父・信長に宛てたこんな一通の手紙だったとされて
います。
〜私(徳姫)と夫・信康とはバッチリ不仲であり、また信康の母
  「築山殿」は、あろうことか武田家と内通しています〜

強敵・武田家への内通という事態に驚いた信長は、早速
「家康側の証人」を呼び、真相を質そうとしました。

この時、「家康側の証人」として送り込まれた人物が徳川家の
重臣・酒井忠次(1527-1596年)でした。
信長〜この手紙によれば、信康と築山殿がよからぬ動きをして
     いるそうだが、これは本当のことなのきゃあ?〜

忠次〜“なのきゃあ?”と問われましても、さてなんと申し上げ
     たらよろしいものでしょうか・・・ねぇ?〜

懸命に否定するものと思っていたところが、「家康側の証人」
忠次
の口からは、そうした言葉も聞かれません。
これを見た信長は、「手紙」の内容を真実と受け止め、忠次
対し「あとのことは家康殿の裁量に任せるでよぅ」と答えたと
されています。
普段は直截な物言いをする信長には珍しく、いささか「言葉を
濁した」ようにも感じられる態度です。

「武田家内通」については、築山殿はともかく、実際には信康
「冤罪」だったようです。
しかし、信長の怒りを買う前にと考えたものか、家康はまず
築山殿を殺害、続いて信康には「切腹」(1579年)を命じました。

通説ではこんな説明になっていますが、しかしこのお話には
なんとなく「不自然」な経緯が感じられます。
〜弁明のために送り込まれたはずの「家康側の証人」忠次は、
  なぜ積極的に否定しなかったのか?〜


主君の嫡男を救えるかどうかの大事な「弁明」ですから、ウッカリ
ミスなどとは考えにくいところです。
それに、もしその手の大ポカをしでかしてしまったとしたものなら、
事が事だけに容赦なくその責任は追及されたはずです。

ところが、当の忠次はこの事件?の後も徳川家の重臣の地位に
留まり、それどころか三年後の信濃制圧の際には、新領の
最高責任者も務めているのです。
言葉を変えるなら、忠次が信長に対して行った「不熱心」な弁明
を、家康自身が認めていたことになりそうです。

ということは、「信康切腹」の背景には、単に信長の怒りを買う・
買わないという問題ではなく、もっともっと大きな事情があったと
受け止める方が自然かもしれません。


酒井忠次01 織田信長52








酒井忠次/織田信長

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案の定、家康と信康の仲には「父子間の深刻な問題があった」
とする見方もあります。 これによれば、見方は真逆になり、
〜嫡男・信康との対立を問題視した家康が、酒井忠次を遣わ
  せて、兄貴分である信長に相談を持ち掛けた〜


家康の追懐。(「大三川誌」全百余巻/だいみかわし/1760年頃?)
〜幼い頃、放任主義で育てたがために、成人してから教え諭し
  ても、信康は親を敬おうともせず、その結果、父子の間が
  ギスギスして悲劇を招いてしまった〜


確かに、この回想?を裏付けるようなお話も少なからず残されて
います。
○気性が激しく、日頃より乱暴な振る舞いが多かった。
○盆踊りにおいて、領民を面白半分に弓矢で射殺した。
  (信康は、殺した者は領民ではなく、敵の間者だったと主張)
○鷹狩りの場で一人の僧侶に縄を付けて絞め殺した。
○徳姫が産んだ子が二人とも女子だったので腹を立て、夫婦の
  仲が冷え切った。

徳川の世になって以降は神君・家康公の「悪口」は言えません。 
ですから、どうしたって一方的に信康の非という判定になりがち
ですが、少なくとも「お坊ちゃま」然とした「おとなしい子」、という
わけではなかったようです。

ひょっとしたら、家康はこんなことを危惧したのかもしれません。
それは、若き日の武田信玄(1521-1573年)が、実父・信虎(1494-
1574年)
を追放(1541年)した事実です。
〜このまま放っておいたのでは、ワシも信虎殿の二の舞に
  なりかねんゾ〜

 
そこで、同盟者であり、また信康正室・徳姫の父親でもある
信長に相談を持ち掛けた。
〜徳姫が「未亡人」になってまうことは、さすがにそれは不憫
  だでよう、信康を殺すことだけは止めときゃあ〜


信長の口から、こんなセリフが出るものばかりと思っていた相談
の使者・酒井忠次でしたが、
信長〜こりゃまた、厄介な問題だがや・・・そんだけどよう、ワシ
     が口を挟んだら内政干渉になってまうでよう、ここは
     家康殿の裁量に任せるがスジかもしれんなぁ〜


嫁の父親・信長から積極的な「反対論」が出なかったため、
そこで、家康は嫡男・信康の粛清を決行!
家康が、自分の後継者に、才気はイマイチながら、性格的には
「おとなしい」秀忠(1579-1632年)を指名したという事実も、信康の
それまでの「才気あふれる」?言動に肝を冷やしてのことだった
のかもしれません。

こういう流れであれば、
「家康側の証人」酒井忠次は責任を問われなかった。
○「信康切腹」は、もとより家康自らの決断であった。
○信長が「言葉を濁した」理由。 
なども、一応は「筋の通る」?説明が付きそうな感じです。

それはさておき、信康の元服以前に父・家康は既に徳川に改姓
しているため、事実としては信康もまた「徳川信康」を名乗って
いたはずですが、ところが死後の名は一段格下の「松平信康」
と表記するのが一般的になっています。
この背景には、ひょっとしたら「神君・家康公」と衝突した事実?
が、いくらかの影を落としているのかもしれません。




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