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zoom RSS 日本史の「女性」21 天皇空位?の乱倫事情

<<   作成日時 : 2016/06/10 00:01   >>

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「万世一系」などと仰々しい表現をされると、“天皇”の地位には
いつの瞬間にも誰かが就いていたものと思ってしまいます。 
ところが実際には「空位」の期間、たとえば、第37代・斉明天皇
※(594-661年)が現役天皇?のまま亡くなった折に、その後
すぐさま第38代天皇が即位したかと言えば、実は七年ほど
“天皇不在”の時期がありました。 ※第35代・皇極天皇の重祚

つまり、この時皇太子だった「中大兄皇子」(628-672年)は、
斉明の崩御後もなかなか即位せず、ようやく668年になって
それを果たしています。 それが第38代・「天智天皇」です。

むろん「妥当な理由」があるなら、それはそれで話も見えてきま
すが、そうした事情がイマイチ明白でないため、この「空位期間」
は今もって一つの「謎」とされています。

その「謎」に対する答えとしては、当時の外交政策などで難しい
カジ取りを迫られていてそれどころではなかったとする見方も
ある一方で、一人の女性の存在をその理由に挙げている説も
あるのです。

その女性とは「間人皇女」※(はしひとのひめみこ/?-665年)といい
当の中大兄皇子の「同母妹」です。
つまり、誰にも分かりやすい言葉を使うなら、同母の兄妹であり
ながら中大兄皇子と間人皇女は「デキていた」とする見方です。 
※第36代・孝徳天皇の皇后(母は斉明天皇)

この時代は、たとえ「兄妹(姉弟)」でも母親が違えば、それは
ぎりぎり「セーフ」というのが社会的通念だったようです。 
しかし、さすがに「同母兄妹」ではマズかろうとするのも、また
「世間の感覚」?でした。

つまり、このあまりに生々しい「スキャンダル」?のせいで、
中大兄皇子は長い間即位しなかった、あるいはできなかった、
という解釈です。 ところがややこしいお話ですが、逆に
〜その時期も天皇はちゃんといた〜という説もあるのです。

ではそこにいた、つまり第37代・斉明と第38代・天智の間にいた
「第37.5代」?の天皇とは・・・? 
ひとつには、それを「中皇命」(なかつすめらみこと/?-?年)とする
説があります。


天皇神武51 天皇歴代51












初代・神武天皇→「万世一系」→第38代・天智天皇

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ここでお話は舞い戻ってきますが、その「中皇命」とは誰あろう
実は「間人皇女」ご本人だとする吃驚仰天?の解釈もあるよう
なのです。  ああ、ホントにややこしい!

どうしてそうなるの? 実はこの「中皇命」という呼び方が微妙
で、皇女の身分を表す呼称とも、あるいは「中立ち」を意味する
言葉とも解釈できるところから、「間人皇女」であっても矛盾は
しないという説明になっています。

それが矛盾するのかしないのかは、残念ながら当方の乏しい
知識で判断できることではありませんが、でも、もしそうだった
なら、この「中皇命」(間人皇女?)をどうして歴代天皇にカウント
していないのか?
このあたりがスマートに説明できないために、今もって「定説」と
して認められていないのかもしれません。 そこで推理です。

少なくとも、この頃の天皇家が、非常に複雑な相関関係を構成
していたことは間違いありません。
なにしろ、36代・孝徳天皇と間人皇后は叔父と姪の夫婦であり、
そこに孝徳の甥・中大兄皇子が割って入るカタチで、同母妹と
「デキてしまう」というのですから・・・まさに「小説より奇なり」と
言うべきドロ沼の状況です。

そこで「小説より奇なり」説をさらに展開するなら、中大兄皇子は
その乱倫ぶりで、その筋からある種の脅迫を受けていたことも
考えられないわけではありません。

〜即位を目指すなら、お前の乱倫ぶりを政界にバラすぞ!〜
といったところでしょうか。
ですから、この脅迫者が生きている間は叶うことではなく、その
死をもって、やっと即位が果たせたということです。

だったら、脅迫者は誰だってか?
そんなもん、決まっているじゃありませんか! その脅迫者こそ、
「中皇命」すなわち「間人皇女」その人だったのです。

間人皇女の死が665年、中大兄皇子の天皇即位が668年・・・
どうです、アリバイもばっちりでしょう。
それに中大兄皇子にすれば、自らの「スキャンダル」を隠し通す
ためには、「間人皇女」関連の情報を操作しておく必要もあって、
その辺はどうしてもボカシた説明に留まらざるを得ません。
このことがこの時期の「謎」をさらに深めてしまった、という
いささか堂々巡りの解釈です。

なにッ? あまりにトンデモなストーリーだってか?
いいですか、いつの世も自分の行動は棚に上げ、しかも男が
チビるほど大胆な振る舞いができるのが「女性」なのです。
その意味からするなら、「間人皇女」は紛れもなく「女性」だった
というだけのことで、特段驚くには当たりません。

一言付け加えるなら、いまだにその事実に気が付いていない
アナタこそ根っからの「お坊っちゃま」と言わざるを得ませんでぇ。




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