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zoom RSS 日本史の「列伝」05 六百年後の国難功労賞?

<<   作成日時 : 2015/06/20 00:01   >>

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1268年、鎌倉幕府・第八代執権に就いたのが北条時宗
(1251-1284)でした。
イケイケドンドンの状況にあった大陸の「モンゴル帝国」が
「大元」(1271年)と名乗り出すその直前に、わが国ではなんと
「高校生?執権」を誕生させていたことになります。

すでに「馬で行ける範囲は全部」、言葉を変えるなら、「大陸の
大部分」を制圧し終わったモンゴル帝国は、次の標的を海を
隔てた日本に定め、この頃既に前後6回(1266年〜1273年)ほど
使者を派遣していました。

〜我が「大元」国はヤタラ強いのだから、アンタの国も無駄な
  抵抗は止めて恭順するほうがなにかと無難ですよ〜

簡単に言えば、こんな“恫喝”まがいの内容でした。

これも日本史の不思議の一つですが、こうした場合に権威トップ
の座にある天皇とか、権力トップにある征夷大将軍が全面に
立つことは少なく、実際この時も幕府の番頭サン?に過ぎない
執権・時宗がこれに当たっています。

〜超大国が強大な軍事力を背景に我が国を狙っている〜
このあまりにも分かりやすい「国難」は国内に大きなパニックを
引き起こしましたが、当の時宗にはハナから「恭順」する気は
ありません。
それどころか国内には防塁を築き、さらには国論統一のために
反対派の粛清も行い、着々と戦争準備を進めました。

いくら若い衆の勢いとはいえ、世界一の超大国を相手にして
このツッパリは少々過激にも見えます。
しかし「軍事政権」が、自らの正当性を主張しようとするなら、
相手がどんなに強かろうが、頭を下げるなぞは絶対にできること
ではありません。 ※現代の「北朝鮮」の姿を見れば分かりやすい?

ただ、存分に「ツッパリ」は見せたものの、いわゆる「元寇」
そのものを阻止することはできませんでした。

※一回目「文永の役」1274年・24歳/二回目「弘安の役」1281年・31歳


元寇竹崎01








        「蒙古襲来絵詞」 竹崎季長(1246-没年不詳)

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現実のものになった二国間の戦争・・・ところが日本にとっては
まっこと幸運なことに、天佑?暴風のお陰をもって、その戦いは
呆気なく終了しました。 
〜ワ〜イ、勝った!勝った!〜 確かにここまではよかった。 
ところが、ここから先が問題山積で、まさに「塞翁が馬」の状況に
陥ってしまったのです。

〜我らの働きこそが勝利を招いたのダ〜 その勝因について、
朝廷公家・幕府側・武士団の各々が三者三様の受け止め方を
していたことが原因で、
朝廷 「そりゃあ、マロたちが総力を上げて、全身全霊をもって
     “敵国降伏”の祈祷に打ち込んだお蔭でおじゃるゾ」


幕府 「まあ、根っからの“言霊信仰者”が、少々能天気なことを
    言うのは見逃すにしてもダ、幕府による万全の事前準備が
    今回の勝利を招いたことは間違いのないところだ!」

武士 「う〜ん、それはいささか心外だ! “いざ鎌倉”を実践し、
    最前線を担った我らこそが“勲一等”に決まっておる!」


確かに、時の朝廷は幕府執権・時宗の働きをまったく認めません
でした。 その証拠にその働きが認められ、“従一位”を追贈
されたのは、実にその600年後(1896年/明治29年)のことです。

さて、一方の武士団は武士団で、幕府に「恩賞」を迫ります。
「御恩と奉公」の互恵関係にある中で、自腹を切って「いざ、
鎌倉!」を実践したのですから、これは当然の要求でしょう。

幕府とてそれを認めてやりたいのはヤマヤマ・・・しかし、単に
「侵略軍」?を追っ払っただけのことで、通常の戦さのように分け
与えられる「領地」を分捕ったわけでもないため、その「原資」に
できるものがありません。
「無い袖は振れない」とはこういう時に使う言葉なのでしょう。

その上に、噂のあった三度目?の「元寇」にも備えなければなら
なかったのですから、鎌倉幕府の求心力は目に見えて弱まって
いくことになります。

そんな中、二度目の「元寇」の3年後(1284年)のこと、時宗
34歳の若さで亡くなっています。
若すぎる死についてはいろいろ取り沙汰されていますが、
「高校生?執権」の頃から十年以上にわたり、世界一の超大国
である「元」を相手の外交・戦争、それと並行して「国内」では
戦後処理に明け暮れていたのですから、むしろ「過労死」に近い
ものだったように感じられます。

〜600年後の官位追贈よりも、ボクの青春を返してくれ!〜
青春ドラマのファンなら、「高校生?執権」北条時宗のこの叫び
に共感できるのではないでしょうか。 
それにもうひとつ、〜海のばかやろうーーーッ!〜 
このセリフなんかも、結構はまっている印象になりますね。





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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
WOW just what I was searching for. Came here by searching for k_@
Jacquetta
URL
2017/09/06 16:12
>Jacquettaさんへ
コメントをありがとう。 ですが、
あいにく管理人は英語オンチですので
今後は日本語にてお願いします。
よろしくご理解くださいネ。
住兵衛
2017/09/06 22:35

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