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zoom RSS 日本史の「もしも」03 戦国乱世に第二のピサロ

<<   作成日時 : 2014/10/05 00:01   >>

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数千年の歴史を持つアンデス文明を継承したインカ帝国
でしたが、キリスト教圏・スペインの侵略によりあっけなく
滅んでいます。(1533年) フランシスコ・ピサロ(1470頃-1541年)
率いる、当初わずか180人の兵隊と40頭足らずの馬による
軍事行動がその発端でした。

そこで「もしも」ですが、この日本が同じ頃同様な「侵略者」に
見舞われていたとしたら、実際どのような展開を見せたので
しょうか?
もっとも「キリスト教」側からすれば、「侵略」とは夢にも思っては
おらず、あくまでも神に祝福された新たな「キリスト教国」を誕生
させる崇高な使命だと信じていました。

ですから、まあ大方の場合、こんな段取りを踏んでいます。
1) まずは布教のため、その地に「宣教師」を送り込む。
2) 熱心な布教活動をもって信者(協力者)を増やす。
3) 頃合を見て本国軍隊を派遣し、従来の“邪教”を排除する。
   (もちろん、国内の協力者と連携し武力制圧をもって)
4) そして、ここに祝福されるべき「キリスト教国」が誕生する。

日本の場合、最初のキリスト教宣教師・ザビエル(1506-1552年)
来たのが1549年のことですから、「キリスト教の軍隊派遣」を仮に
その10年後の1559年のこととしてみましょう。

この時期には、後に天下をほぼ掌握することになる織田信長
(1534-1582年)ですら、まだ「桶狭間の戦い」(1560年)の前で、
実質的なデビューには至っていません。

ということは、文字通り「群雄割拠/日本全国・戦国時代」の
真っ只中にあったわけで、要するに津々浦々に屈強な武装集団
がひしめきあっていたことになります。
※念のためですが、宣教師・ザビエルはすでにこの7年ほど前に、
  ピサロは18年も前に死んでいます。


この頃に、即位してから数年を経たスペイン王・フェリペ2世
(在位:1556 -1598年)は、こんな思いを抱くようになります。
〜父チャン(カルロス1世/在位1516-1556年)が「ピサロ」を派遣して
  インカ帝国で華々しい成果を収めたからには、ボクだって
  負けてはおられん! さて今度の「日本侵攻」には誰を派遣
  しようか? そうだ! あの「ピサロ」のイトコのイトコに
  「ピエロ」と名乗る男がいた・・・あいつが適任だ!〜

※くどいようですが、これは「もしも」を前提にしたお話ですよ。

画像














 征服者フランシスコ・ピサロ/インカ帝国最後の皇帝アタワルパ


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ピエロ 「総司令官の任はまことには光栄ですが、正直なところ、
     あまり気が進みません」
 国王 「なんで? わずか四半世紀前のこと、お前の親戚筋の
     ”ピサロ”は、わずかな兵隊でまんまと成功させておる
     ぞ! 今回はその100倍もの兵隊を派遣するのだから、
     メッチャ楽勝の話ではないか!」


ピエロ 「失礼な物言いですが、陛下の見方は甘い!」
 国王 「確かに失礼な物言いだ・・・そこだけは認める」

総司令官候補・ピエロはこう考えていました。
〜日本が鉄砲を知った(鉄砲伝来/1543年)のは、たかだか
  十数年前のことのはずだが、すでに国産化に成功している
  らしいし、また乱世にあれば兵も応分に強かろう〜

つまりピエロは、当時の日本に対して、インカ帝国とは違う
「軍事大国」?との認識を持っていたのでしょう。

 国王 「なんと、辞退するってか?」
ピエロ 「いかにも! 私とて後世、“無知な国王に踊らされた
     ピエロ”なんて情けないアダ名で呼ばれたくないです
     からネ」
 国王 「その場合、“国王”の前に“無知な”という形容詞が
     つくのか?」

ピエロ 「はい、必ずつきます! その点だけは自信をもって
     保証いたします」

そこで、「もしも」のお話に戻りますが、ザビエル来朝から
10年経ったこの1559年時点で、スペインが「日本侵略」を開始
していたとしたら?

おそらくは、インカ帝国の場合のように“順風満帆”でコトが進む
ことはなかったでしょう。 それどころかウッカリしようものなら、
逆に侵略軍?の方がボコボコにされていたかもしれません。

その証拠?が、ザビエルが同僚経由で時のスペイン国王
(フェリペ2世の父親・カルロス1世)に宛てた進言です。
〜日本占領を企てるのは得策ではありません・・・
  むしろ中国の方が断然やりやすいハズです〜


こうした情報の内容から察するに、この時代のキリスト教・
宣教師が、実質的に“侵略の尖兵”の役割を担っていたことは、
間違いのないところでしょう。

そして、インカ帝国の「ピサロ」の大成功と、戦国日本の
「ピエロ(仮名)」の辞退?を比べた場合・・・
対象国の軍事力の優劣が一定の「侵略抑止力」として働いて
いたことも、また事実のようです。




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