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zoom RSS 日本史の「トホホ」07 連続”急死”事件?を疑う

<<   作成日時 : 2013/11/20 00:01   >>

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「和」を説き、「仏教」を保護したという実績があるせいか、
「聖徳太子」(574-622年)の人柄には、平和で穏やかという
イメージがあります。

しかし、当然のことですが、政治家として「軍事行動」の決断を
迫られる場面にも遭遇しています。
そのひとつが「新羅(しらぎ)征伐」?で、601年の派兵は成果が
イマイチだったため、翌602年、今度は二万五千人もの兵を集め、
新羅遠征軍を構成しました。

その総司令官?には、太子の実弟・来目 (久米)皇子
(くめのみこ)を当てていますから、相当にヤル気満々だったと
思われます。 注※来目=グルメ、ではない

ところが、出航前の九州で、その来目皇子が“突然”発病?し、
そのまま亡くなるという事態に見舞われたために、急遽
その後任に来目の異母兄である当麻皇子(たいまのみこ)
据えて仕切り直しを計りました。

ドッコイ、今度は大阪を出航した当麻が、兵庫?辺りで妻を
亡くす?というアクシデントに遭遇したことで、いっぺんに
「ヤル気」を失くしたばかりか、なんと職場放棄?にまで及び、
結局、この「新羅遠征」自体も頓挫するハメに。

現代人からすれば、この「諦めのよさ」?は、なんとも「トホホ」な
印象ですが、しかし、この「連続“急死”?事件」を、先人達は
先人達なりの信仰心をもって、こう解釈していたようです。
〜度重なる不幸は、我々に自重を求める天の声だ!〜

・・・というのが、このお話の流れになっていますが、
この説明では何かしら釈然としないものが残るのも事実です。
ですから、ひょっとしたら歴史の「真相」は別のところにあったの
かもしれません。 そうだとしたら、その「真相」とは?・・・


画像













    7世紀頃の朝鮮三国(高句麗/百済/新羅)
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実際、最初の司令官・来目皇子の死については、
新羅側スパイによる「暗殺」を疑う見方もあります。
「絶妙なタイミング」で発生しているからです。

しかし、「絶妙なタイミング」ということなら、後任の司令官・
当麻皇子の「妻の死」も同様です。

何しろ移動(作戦行動)中の出来事なのですから、これも
来目皇子の場合と同様に、「新羅側スパイ」の工作だったとの
見方が出てきても不思議ではありませんが、なぜかこれには
「暗殺説」は主張されていません。
つまり、本当に「妻」は亡くなったのか? これも疑問です。

そこで、その「歴史の空白」をワタシが埋めることにしました。
まあ、肩の力を抜いて冷静に構えれば、自ずから
「歴史の真相」?も見えてこようというものです。

最初の総司令官・来目皇子の述懐 (ワタシの想像)
今思えば、出陣パーティの折の料理がちょっとヘンだったが、
まさか、「食中毒」で命を落そうとは・・・トホホだったなぁ。
→で、〜世間向けには「急病による急死」と発表!〜

後任の総司令官・当麻皇子の述懐 (ワタシの想像)
所詮オレは「二番手」であり、「ピンチヒッター」だ・・・
これでは、正直モチベーションだって上がるものではないゾ!
まあしかし、理由を「家族の不幸」にするなら、「辞職」の方も
波風を立てずに認められるだろうから・・・よっしゃ、これダ!
→で、〜世間向けには「妻の死による忌引き」と発表!〜

もし、ワタシのこの推測が正しければ、この「新羅遠征」には、
意外なことに、政府内部にもかなりの「厭戦気分」が蔓延していた
ことになります。

だったら、そのことに気がついていなかった、つまり、
〜周囲の空気を読めていなかった聖徳太子〜も、
かなりトホホな政治家だった、ということに?
う〜ん、「日本史」を根底から見直す必要があるかも・・・だ。





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