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zoom RSS 日本史の「逆転」03 秀吉のシックス・センス

<<   作成日時 : 2013/02/10 08:30   >>

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映画「シックス・センス」には、普通の人間にはない特殊な
能力を持った少年が登場しています。
日本史だって負けてはいられませんので、時折そんな
超能力者?もどきの人物を登場させていますが、多分、
豊臣秀吉(1537-1598年)もその種の一人と言えるのでは・・・

画像画像










   豊臣秀吉            映画「シックス・センス」



その秀吉が唯一の直接対決である「小牧長久手の戦い」で
徳川家康(1543-1616)に散々カッコ悪い思いをさせられたことは、
以前に 日本史の「トホホ」01 小幡城の消滅マジックに書きましたので、
今回はその続編?に当たります。


つまり、この時は戦いの内容でもその後の対処においても
家康の手腕に翻弄され続けて、秀吉はまったく「いいところなし」
で終わっていました。

ところが、秀吉はここに至って誰にも真似のできない才覚、
つまりシックス・センスを発揮して、ものの見事に失地回復に
成功しています。

「誰も真似のできない」ということは、さすがの家康も
そこまでの思いが及ばなかったということです。

この頃の秀吉と家康の対峙は本能寺の変(1582年)で倒れた
信長の後の「後継者決定戦」の意味合いがあり、そんなところへ
亡き信長の次男である、信雄(のぶかつ)が自ら家康を頼って
庇護を求めてきたのですから、どうしたって「正義」は家康の方に
あろうというものです。

家康にしてみれば、秀吉は信長の「家臣」に過ぎないが自分は
「同盟者」であり格上だったという実績・自負もあったでしょうし、
その上に、その信長の血筋である信雄の「保護者」という
立場も得て、さらには直前の直接対決でも秀吉をギャフンと
言わせているのですから、まさに「世界の中心にいる」くらいの
気分を味わっていたものと思われます。

ちなみに、この信雄(1558-1630年)という人物はあまり優秀では
なかったと、いうより「バカ殿」に近い評判だったようで、
信長の息子として自らが「後継者」に就くべく家康に応援を
求めたというならともかくも、その気迫もなく「庇護」を求めて
いる姿を見ると、確かにその通りだったのかもしれません。

ここに、秀吉のシックス・センス(超予知能力?)が働きました。
扱いにくい保護者?「家康」を抜きにした形で、なんと直接
信雄との平和協定?を成立させたのです。

でも考えてみれば、自分の命を守っている側の「家康」に
相談することもなく、自分の命を狙っている側の「秀吉」と
直に「今後は仲良しでいこうネ」と約束するなどという、
信雄のこの行動は本来はあり得ないハズなのです。

つまり、常識から大きく外れたシュールでなんともワケが
わからん出来事ですから、さすがの家康もそこまでのことは
予想できなかったのでしょう。

ところが、これに成功しているのですから、秀吉の
シックス・センスだけはこの超難度の「離れ技」が
可能であると見抜いていたことになります。

それまでは、「信長様の直系・信雄様のご意向である」という
大義名分で秀吉に向かって正義?の拳骨を振り回せた家康も、
この事態急変によってそれができなくなってしまったという
ことになります。

要するに、今度は逆に秀吉の方が家康にギャフンの思いに
あわせたわけで、この秀吉のシックス・センス
映画「シックス・センス」に負けないほど見事なドンデン返しを
披露したことになります。

この顛末について、そりゃあ腹の中は煮えくり返っていたに違い
ないでしょうが、当の家康はこのような態度を示したそうです。
「いやはや、ご両人が仲良しになることは天下のためにも
大変におめでたいことです。」


そうそう言えるものではありませんよ・・・こんなセリフ。
後に天下を治めるような人物はさすがに器がデカい!

並の人間なら頭に血が上って、思わず「信雄のバカヤローめ!
ヘボめ!マヌケめ!」くらいのことは叫んでしまいそうなもので、
ワタシなら(信雄が「石頭」でない場合に限って)、頭突きの一発も
食らわしてやるところです!

ちなみに、フィギュアスケートの織田信成選手は、
この織田信雄のご子孫に当たるとか。

※こういう紹介の仕方は、
  他意は無いけど幾分の語弊はあるかも・・・しれんナア?




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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
先日はうちのような辺境ブログにまで足を運んで頂いた上に、コメントまでありがとうございました^^

小牧長久手のことは知っていましたが、あの織田選手、信雄様のご子孫でしたか! うーん、でも頑張ってらっしゃると思いますよ。
これまでは、信長様もああいうお顔立ちに近かったのかしらと思いながら拝見していたのですが、これからは……笑ってしまうかもw
詩織
URL
2013/02/20 19:08
コメントありがとうございます。
「胃腸風邪」が流行っていると聞いて、果敢にチャレンジ
していたために、ご返事が遅くなり申し訳ございません。

これに懲りず、またお気軽にご来店くださいナ。
そちらへもまた寄らせていただきます。
住兵衛
2013/02/22 17:22

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