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zoom RSS 日本史の「世界標準」05 浮世絵師21世紀を描く

<<   作成日時 : 2012/10/25 08:45   >>

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江戸時代の浮世絵に東京スカイツリーが描かれている・・・?
この事実?はTV番組でも取り上げられ話題にもなりました。
浮世絵については、写楽、北斎、広重の名前だけでギリギリの
ワタシでも、この「スカイツリー絵師」にはちょっと関心も。

このような展開ですと、TV番組ならシッカリ勿体をつけて
引っ張るところでしょうが、根が善人であるワタシはそんなことは
いたしません。 ともあれ、結論から先に言っておきましょう。

当然のことですが、そこに描かれていたのは21世紀の「東京
スカイツリー」なんぞではなく、当時の「井戸掘り用のやぐら」を
極端に背を高くデフォルメしたものらしいのです。

ところが、その構図が都内のとある場所から眺めたときの
「東京スカイツリー」の風景に酷似していたためにこんな話題に
結びついたのかもしれません。

もっとも意地悪く見れば、そのへんはテレビ局の話題づくり・・・?
しかし、それは別としてもこれを描いた江戸時代末期の絵師・
歌川国芳(1798−1861)の存在にはチョイとばかり注目して
みたいところです。

ひょっとしたら、彼の名前は知らなくてもその作品をご存知の方は
(かく言うワタシもその一人ですが)少なくないのでは?

現代日本人に最も知られている作品はおそらく「だまし絵」?で
ある「みかけハこハゐが とんだいゝ人だ(見掛けは恐いが とんだ
好い人だ)」
(1847年作)だろうと思います。
 出展:Wikipedia 歌川国芳
画像 この作品、一見いかつい面構えを
 した人間の「肖像画」のようですが、
 よく見ると顔面の各パーツが「人体」
 の寄せ集めで構成されていることに
 気がつきます。

 この造形の奇抜さもさりながら、これ
 には深い意味が込められていること
 を知ると、さらに「スゴイ感」がアップ
 してしまうのです。 ご関心の向きは
 ぜひお確かめください。

この絵がきっかけで多少知ることになりましたが、どうも国芳は
思いっきり江戸っ子気質の人で、単に絵師というよりは、むしろ
絵を描くジャーナリスト?に近かったフシも見受けられます。

事実、庶民にとっては迷惑以外のナニモノでもなかった政策
「天保の改革」(1841-1843)を痛烈に、しかしユーモアを交え
ながら、批判し皮肉った作品も発表しています。
 出展:Wikipedia 歌川国芳
画像 さらに驚くことは、マンガ?も描いて
 いますが、これが現代人の目から
 しても、どう見ても キッチリと
 「マンガ」としか呼びようのない
 異色の代物なのです。

 さてこの国芳サン、浮世絵の技法
 だけではモノ足らず、かなり西洋画
 に傾倒した様子があり、一枚の
 絵の中に「伝統的な美人画タッチの
 女性と、西洋画風の立体的陰影の
 リアルな馬」を描くという、まさに
「和洋折衷画」?もどきの離れ業作品(「近江の国の勇婦人於兼」
1830年)
も残しています。

後にはさらにのめり込んでいったようで、「忠臣蔵」を題材にした
「西洋画」?まで発表(1852年)しましたが、当時としてはさすがに
前衛的すぎたのか人気の面ではサッパリだった・・・とか。

そんな国芳の言葉。
西洋画は真の画なり。余は常にこれに倣わんと欲すれども得ず
嘆息の至りなり
」・・・国芳の西洋画に対する情熱とそれが思うよう
に自分のものにできない無念の思いがヒタヒタと伝わってきます。

一方、その少し後の時代のヨーロッパでは、フィンセント・ファン・
ゴッホ
(1853−1890)が登場して、国芳とは逆に日本の「浮世絵」
に注目をし始めています。

多数の日本版画を買い集め、その挙句に「日本版画展」を開催
(1887年)したりして、その行動・活動はハンパなものではありま
せんでした。 この頃のゴッホは、なんと油絵で「版画」を模写する
ことまでしています。 

ひょっとしたら、このゴッホの胸中にも、「版画は真の画なり。余は
常にこれに倣わんと欲すれども得ず嘆息の至りなり
」・・・
こんな思いが涌いていたのかもしれません。

馴染みのない異国の作風でありながら、作品のみを通じて
「相手は持っているが自分には無いモノ」を見抜くだけでなく、
見栄を張ることもなく、その対象に心底感服してしまうこの態度、
これってかなりスゴイことじゃありませんか! 人物がデッカイ!

芸術に疎いワタシには分からないことですが、こうして見てみると、
この世界には世俗的なチマチマした枠組みを超越した何かしら
迫力に満ちた一種共通の領域が確かに存在しているように
思えるのです。

もしそうなら、これも「世界標準(グローバル・スタンダード)」と
言えるのかも。
その意味では、江戸期の日本社会は物質面はともかくも、
人間としての精神・情熱の面においては世界にヒケを取らない
人物をしっかり擁していたことになります。

ですから、つい昨日までは写楽、北斎、広重程度でイッパイ
イッパイだったワタシも、この事実に便乗して、今日からは以下の
セリフを吹きまくる予定にしているのです。

〜ええか、ゴッホは知っているくせに、自国の歌川国芳の名を
知らないなんてことは、メッチャ無礼なことなのだゾ!
この際、改心してオノレの生き方を少しばかり改めてみたら
どうだ? えええ、どうなんだ!〜


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