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zoom RSS 日本史の「女性」07 カカア殿下は先祖がえり?

<<   作成日時 : 2012/08/30 10:00   >>

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現代日本人が「昔の女性」の生活ぶりをイメージできるのは、
遡っても明治時代、欲張ってもせいぜい江戸時代まででしょう。
もっとも、それが正しいイメージなのかどうかは別問題です。

つまり、戦国時代(1470年頃〜1570年頃)より以前の女性像は
明治・江戸時代の女性像からヒントを得ながらそのイメージを
最大限に膨らませた、いわば「想像図?」に過ぎないということ
が言えそうだからです。

なぜなら、実際のところ、それ以前の「女性像」については、
ほとんどそのホントのところが分かっていないからです。
さて、その戦国時代には海外から多数のキリスト教宣教師が来て
いますが、その見聞・記録の中には当時の「日本女性」について
触れた部分もあります。

そこには、こんな印象が記録されています。
〜日本女性は性的な面、離婚などではハンディを負うこともなく、
また親へのことわりなしに旅行に出かけるなど、これらの自由さは
(自分の国の女性に比べたら)信じられないほどである〜

もちろん、これは「キリスト教」という宗教プリズムを通して見た
宣教師自身の「印象」ですからそのまま鵜呑みにはできないかも
知れませんが、それでも母国における当時の女性達よりははるか
に「自由」に恵まれているとの印象を持ったようです。

当時の女性は明治・江戸時代よりもさらに「家」に縛られ、「自由」
とは程遠い立場にいたことだろうと、現代日本人は思い勝ちです
が、これを時代の目撃者?である当時の宣教師が「それは
違うよ!」と明確に否定しているわけです。

そこて、この観点はある程度マトを得たものという前提にたって
今度は国内の資料を見直してみると、確かにその「傍証」になる
モノも数多く挙げられそうです。

たとえば、「金銭貸し借り」の証文などにも「貸手側」に少なからず
女性の名前が見られることで、この姿は明治・江戸の女性像とは
明らかに異質な印象があります。

このことが、この時代になって女性の「権利」が拡大されたために
起きた現象かと言えば、それはどうもお話が逆で、それ以前の
「女性の権利」を制限(縮小)した結果に、やっとのことこの程度に
押さえ込んだと見る方が正しいようです。

というのは、それ以前のたとえば鎌倉期などの、田畑・家屋敷・
土地などの売買状にも女性の名前が相当な比率で登場している
からです。 つまり、その背景には「これではかなわん!」という
男連中がチエをこらして、女性の経済活動を規制・制限してきた
歴史があるということになります。

確かに「意外な展開」なかも知れませんが、そのように見ると
ツジツマが合うことも少なくないのは事実です。

たとえば、性的な面では20世紀後半の「昭和」の時代になっても
まだ地方によっては「夜這い」という風習が残っていて、このことが
婚姻する女性にとっての「ハンディ」にはなってはいなかったことを
思えば、確かに先の宣教師の証言?は間違ってはいません。

離婚についても同様で、江戸時代の「三行半(離縁状)」の存在を
もって「男の専権事項」だったように思い込むのは、非力な現代
日本男性のつまらぬ見栄であり、これは「男側の権利」ではなく
むしろ「男側の義務」と解釈した方が正しいようです。

つまり、女性側から離婚の申し立てがあった場合には、男側に
その「拒否権?」がなかったと言うことです。

旅行についてもその通りで、女性だけで旅行する姿が「絵巻」や
「物語」にも実際多数登場していることからしても、比較的「普通」
の行動であり取り立てて指摘するほどの行動ではなかった、と
理解する方が妥当なのかもしれません。

財産権にいたっては「夫婦別姓」であったこと自体が、裏を返せば
女性の財産権が独立していたことの傍証にもなろうかと思えます。

このように世間一般の少なからぬ女性が活発な活動をしていた
時代であることを前提にするなら、「応仁の乱」(1467-1477)頃の
室町八代将軍・義満の奥様である日野富子の経済?活動は、
立場と規模の点で多少目立っただけのことであり、富子一人を
特別視し、ことさら「守銭奴?」扱いすることは大きな偏見であり、
むしろ「女性蔑視」ということにもなるのかも知れません。

少しばかりマクロな視線で眺めてみれば、奈良の時代には多数の
女性天皇」も登場していますし、もっと遡れば「女王・卑弥呼
も、さらには最高神である「天照大神」ご自身も女性なのです。

画像
 出展:wikipedia
 天照大神







つまり、この日本の国はもともと「カカア殿下」の国であり、その
傾向は強く長く後世(少なくとも江戸時代の頃)までは続いていたと
考えた方が正しいようです。
それを、多分「国家神道」を必要とした明治期の歴史学者などが
意図的に都合よく歪めたのではないかとも考えられます。セコイ!

そういう見方に立てば、「日本の歴史は女権抑制の歴史」とも
言えることになり、現代女性の「元気の良さ」についても、なにも
難しい見方をする必要はなく、ごくごくシンプルに「先祖がえり」だ
と思えば素直に解釈できることになります。

家庭の中で肩身を狭くして暮らしているお父さん!
上の経緯のように、この国の「お父さん族」は(明治期の一瞬を
除けば)元々ズ〜ッとそうやって生き延びてきた種族なのですから
現状に不平不満を漏らすなんぞは「歴史の流れに竿差す」が如き
の「もってのほか」の態度なのですよ。 念のため!


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