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zoom RSS 日本史の「言葉」05 唆(そそのか)す

<<   作成日時 : 2012/08/05 01:00   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 1 / コメント 0

〜《言葉》は、実態を動かすパワーを秘めている〜
ちょいとオカルトっぽい印象になりますが、実は現代日本人も
心の底ではこのことをキッチリ信じているのですね。
普段なにげに使っている「言葉」、実はこれがけっこう深い!

その一例です。
結婚式のスピーチの折に「切れる」「別れる」などの言葉を
避けたり、受験生の家庭で「すべる」「落ちる」などのの言葉を
慎もうとします。

ごく当たり前に考えれば、それを口に出したからといってその
せいで離婚や不合格の結果を招くわけでもなかろうに、それ
でもそれをけっこう律義に実行しているのですから、やっぱり
現代日本人も「言葉のパワー」を信じていることになります。

「迷信嫌いで科学好き」と自称する現代人にですら、その傾向が
あるからには科学知識が今ほど充分でなかった時代の人々は
もっともっと強く「言葉がもつパワー」を信じていたことでしょう。

これについては状況証拠があります。
「元寇」(1274年・1281年)の折、時の亀山上皇を初めとして
「敵が降伏するように」との祈願・祈祷が全国規模で展開されま
したが、その結果、運よく侵略を免れたとき、朝廷・公家の
お歴々は「敵を蹴散らしたのは、我々の祈祷・祈願(すなわち、
言葉のパワー)の賜物である」と固く信じ、また事実そのように
事後処理を行いました。

敵軍に対して、現実に鎌倉武士が武器を取って戦ったことを
評価するつもりもなかったし、事実しませんでした。
※このことは〜日本史の「言葉」02敵国降伏〜にも書きました。

そこで、今度は「唆(そそのか)す」です。
さて、この「唆す・唆される」ことを昔の人は一体どのように受け
止め理解していたのでしょうか?

現代人の感覚なら、おそらくはこう考えるところでしょう。
「唆(そそのか)された方が軽率だ!」
ところが、根っから言葉のパワーを信じていた昔の人たちの中
にはこう考えた人々も多かったのではないでしょうか?
「いいや、私の発した言葉のパワーが相手を動かしたのだ!」 

(ここから先はワタシの想像であり推測ですよ、念のため。)
そうすると、このとても便利なツール「言葉のパワー」は、折に
ふれ使われていたとも考えられるわけです。 
もちろんこれ使うのは「言葉のパワー」信者である朝廷公家の
お歴々であって、現実主義者である「武士」ではありません。

では、どんな場面で使ったのでしょうか?
最も考えやすいのは「手を汚す」必要がある仕事でしょう。
「元寇」の時も、侵略してきた敵に対して自らが「武器」を取る
ことはせず(つまり手を汚すことなく)、「祈り(言葉)」で降伏
させようとしているからです。

そこから、言葉(唆す)のパワーで「敵を倒す/自分達にとって
邪魔な敵を排除する/要するに暗殺教唆」の域まではそう遠い
ものでもないような気がします。

つまり、実行犯に向けて「唆(そそのか)す」を行ってみて、
仮に首尾よく「ターゲット」が死んだとすれば、それは「言葉の
パワー」がそうしたのであって、「唆(そそのか)した人間」本人
が、その暗殺を実行したことにはならないわけです。

しかも、この「唆(そそのか)す」ことは「呪詛」とは明らかに
違った側面を備えているのです。
「呪詛」は忌むべき悪意のパワーに他なりませんが、こちらの
「唆す」は少なくとも自分にとっては正義のパワーという解釈に
なりますから、つまりは自責の念とも無縁で済むわけです。

それどころか、むしろ「正義を行った」という満足感・達成感まで
味わえることになります。

つまり、「唆(そそのか)す」という行為は、「言葉」だけで済み
「手を汚す」必要もなく、「実行犯」は別に存在するので
「罪悪感」とは無縁の環境で、自分の「正義」が行える・・・
こういうことになりますから、これほど便利で強力なツールを
「言葉パワー」の信者たちが使わなかったはずがないのです! 

そこで、ひょいと思い出すのが「本能寺の変」(1582年)です。
謀反人・明智光秀は、朝廷・公家から「唆された」のではない
でしょうか?

〜朝廷をコケにするような大悪人・織田信長がいなくなれば、
明智光秀君、キミこそ征夷大将軍の最有力候補者だよネ〜
このくらいのことは耳打ちしていたかも知れません。

画像 それが意に反して「失敗」に終わっ
 たために、「唆(そそのか)した」側
 はダンマリを決め込んだ?
 言葉のやり取りですから、都合の
 良いことに「物的証拠」もナシ!

 朝廷・公家にとっては、セオリー通
 りの「言葉」だけで済み「手を汚す」
 必要もなく、「実行犯」は別にいて
 「罪悪感」を感じる必要もないし、
 さらには「証拠」も存在しない、
 「最強最上のプラン」」だった?

日本史にはこの手の「言葉のパワー」の熱烈信者も大勢登場
しますが、それには見向きもせず、まったく逆な発想を持つ人物も
います。 昭和の海軍大将・山本五十六の言葉。

「やって見せ、言って聞かせてさせてみて、褒めてやらねば人は
動かじ」

でも、平成にはさらにその逆を張るような人物もいます。
「手取り足取り教えられ、褒めて貰ったけれど、それでもやらない」
この手のヘソ曲がり、実はワタシです。


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〜日本史の「言葉」04 女流名人〜 女流?・・・男女平等のハズではないか?
〜日本史の「言葉」03 士農工商〜 そうあって欲しかったイデオロギー?
〜日本史の「言葉」02 敵国降伏〜 みんなで祈って敵にダメージを?
〜日本史の「言葉」01 もったいない〜 なぜ日本語にしかない概念なのか?
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日本史の「言葉」08 女「さんがい」に家なし
この言葉を聞いて、「ははん、男尊女卑だった昔は女性が 三階に住むことが許されなかったんだなあ。」と理解したアナタ、 その考え方は間違いなく間違いですヨ。 「さんがい」とは「三階」ではなく実は「三界」の字を当てるのです。 ...続きを見る
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2012/12/25 10:31

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