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zoom RSS 日本史の「冗談?」02天皇のバイト生活

<<   作成日時 : 2012/06/20 14:15   >>

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家臣 「さてさて、どのように取り計らいましょうぞ?」
殿様 「お贈り頂いた以上、ダンマリではチト気がひけるわナ」
家臣 「さりとて、こちらからお願いしたわけでもありませんが・・・」
殿様 「だから余計に微妙で・・・ホント!ワタシも困っちゃう・・・! 」

室町時代の末期にあたるこの頃(1520年代頃)、補足するなら、
「織田信長が登場する以前の戦国時代」という表現ができるかも
知れませんが、要するに、後奈良天皇の時代にはあちらこちらで
こんな会話が囁かれていたのかもしれません。

それは、この後奈良天皇から「贈り物」を頂戴した人が少なからず
いたからに他なりません。
でも、なんでまた天皇が他人にプレゼントを?
この天皇は大金持ちで、気前が良くて、プレゼント好きだった?

いいえ、それどころか失礼のない言い方を選べば「財政が窮屈」、
下世話な言い方をすれば大いに「貧乏」でした。
話は長くなりますが、この不可解な行動の裏には、実はやむに
やまれぬ切ない事情がありました。

先代帝崩御の後、なんとか皇位継承だけは済ませた後奈良天皇
でしたが、肝心のお披露目(即位式)が延び延び・・・
手元に「資金」がなくて即位式を行えない、ということのようです。

即位式を行えない天皇なんて、コーヒーを入れないクリープのよう
なもので(あ、逆か?)、なんとも恰好がつきません。
そのことで悩んでいた後奈良天皇でしたが、窮すれば通ず!
結果、発明賞に値するほどの「グッドアイデア」を思いつきました。

それは、こんな作戦でした。
世間の「お金持ち」をターゲットにして、まずは後奈良の方から
「プレゼント」をします。 その後に起こるであろう、相手からの
「大いなるお返し」をワクワクソワソワしながら待つのです。

ここがグッドアイデアたる由縁ですが、プレゼントの品は宸筆
(天皇の直筆)の書ですから、後奈良天皇にすれば、つまりは
コストのかからない超優良?「グッズ」なのです。

しかし、贈られた側としては、とにもかくにも「帝からの頂戴物」と
いうことになりますから、シラッとダンマリを決め込むワケにも
いきません。
結局のところ、冒頭の会話のように「寄付金」の形で一定程度の
「謝礼金」を納めせざるを得ないことになります。

もちろん、進んで寄付をした篤志家もいたのかも知れませんが、
その寄付者の中に多くの戦国武将の名も上がっていることを考え
合わせると、結構「頻繁」に行われた・・・ようで、つまり天皇は
この「宸筆量産バイト」に追われれていたということになります。

確かに後奈良天皇の立場からすれば、背に腹は変えられず、
一生懸命に精を出さざるを得なかったのでしょうが、それにしても
天皇がアルバイトをしなければならなかったとは、実際「冗談?」
みたいなお話ではあります。

その努力?が報われて、ようやく念願の「即位式」までたどりつけ
たのは、なんと皇位継承から九年も後のことでした。
長きに渡る「バイト生活」が身を結んで本当によかった!

もっとも、このライフスタイルがここで終了したものか、それとも
これ以後も「クセになって」継続したものかどうかについては、よく
知りません。

それにしても、世の中には「お金持ち」がゴマンといるでしょうに、
だれか救いの手を差し伸べる人物はいなかったものでしょうか?
画像
 多分、いなかったのでしょう。
 だからこそ「宸筆バイト生活」です。
 もし、この状況を周辺の人間が見て
 見ぬふりをしていたとしたら、大変
 不敬な表現になりますが、後奈良
 天皇は人徳に乏しかった?

さて、その「後奈良天皇」には、こんなエピソードも残っています。
要職に任命した人物から「献金」の申し出があった際に、後奈良
はこれをキッパリ突っぱねたと、いうお話です。

これが「後奈良天皇はこのように清廉潔白なお人柄であった」と
する現代の評価につながっているようなのですが、でも本当の
ことだったのでしょうか?

昔から日本人には「お気の毒」な立場にある人を、必要以上に
持ち上げてしまう「癖」があります。
いわゆる「判官贔屓(ほうがんびいき)」という感情です。

後奈良天皇がそうだったとは言いませんが、それにしても半ば
強制的に寄付金を募る「バイト生活」ぶりと、このエピソードの間
にはちょいとばかりギャップを感じるのも正直なところです。

ちなみに、織田信長が生まれたのが、この「後奈良の即位式」の
前年すなわち1534年のことで、のちにその信長と「退位問題」で
丁々発止の渡り合いを演じることになるのが、この「後奈良」の
次の第106代「正親町天皇」ということになります。

外国の場合なら、権威・権力・財力のすべてが「一極」に集中する
のが通常な姿ですから、この「後奈良天皇」のように権威はある
けど権力も財力もない人物というのは、ひょっとしたら日本史に
しか登場しない存在なのかも知れません。

まあ、その意味では、日本の「国体の在りかた」を象徴した人物
であるとも言えなくはありません。
話は横道にそれますが、歴史上「奈良天皇」は存在しないにも
関わらず、この「後奈良天皇」という諡号はいったいどうして?

Wikipedia には、
〜追号の「後奈良」は平城天皇の別称奈良帝にちなむ。〜と
ありますが、それだったら、ごく普通に「後平城天皇」にすれば
良かったじゃん・・・ということになります。

でも、そうならなかったのは(多少意地の悪い見方をすれば)、
後奈良天皇のこの時の「バイト」ぶりのマイナスイメージが、
まんまの襲名?では先代?「平城天皇」に対していささか失礼
か・・・という判断に結びついたのかも?

天皇でさえ貧乏だったんだゾ!・・・と言われれば、天皇でない
ワタシが貧乏であることに何の不思議がありましょうや!
などと、つまらぬところで居直っているワタシです。


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〜日本史の「冗談?」01奇妙な公文書偽造犯〜 彼はなぜ偽造に走ったのか?
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