テーマ:言霊信仰

日本史の「トンデモ」04 言霊商標の平和万能薬?

1945年以降の、いわゆる「戦後日本」は戦争に対する猛省という意味合いも あってか、「何にもまして平和」を重視する姿勢に転じました。 戦争よりは平和の方をありがたく思うのは人の常ですから、これはこれで 評価されるべきことでしょう。 そうした風土にあって、「戦後日本」はさらに「平和構築」を目的とした 多くの思想・政見も登場さ…
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日本史の「トンデモ」03 精神が敵機を撃墜する

第119代・光格天皇(1771-1840年)以来およそ200年ぶりとなる平成の「譲位」 に当たって、天皇陛下(第125代/明仁/満85歳1933年生)は、その心境を こう漏らされました。 ~平成が戦争のない時代として終わろうとしていることに心から安堵して   います~ その思いによほど強いものがあったのでしょう、いささか涙声に…
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日本史の「異国」04 城が無くては都と云えぬ

言葉に疎い筆者なぞの知るところではありませんでしたが、本来の「城」って、 たとえば姫路城や大阪城など、現代の日本人が普通にイメージするもの とは大きく異なって、人間が生活する都市や村など居住地域全体を囲う 施設を示す言葉だそうです。 なんやて? 地域全体を囲う「城」だって? ・・・この定義に、いささかの違和感を覚える方もい…
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日本史の「トンデモ」01 ゼロ予算で城を構える

「城」という言葉についてはこんな説明がされています。(Wikipedia) ~中国における城とは、本来城壁のことを意味し、都市や村など   居住地全周を囲む防御施設を指すことが多い~ つまり、多くの日本人がイメージしやすい、たとえば「姫路城」などの和風? の城と、本家?中国の「城」はその概念も規模も大きく異なっているわけです。 …
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日本史の「言葉」26 すべては言葉が創り出す?

その昔、桓武天皇(第50代/737-806年)は山背国(京都府)に移した 新しい都を「平安京」と名付け、その折ことのついでに国名の方も「山城国」 (発音は同じヤマシロ)と改めています。 世界最先進国・中国の雄大な城郭に囲まれた荘厳な都に憧れを持っていた 桓武としてもホントのところは、それと同様の城郭を備えたかったでしょう。 と…
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日本史の「災難」09 国難!朝廷幕府の異質な対応

世界征服を目指すがごときに領土拡張を続けた超大国・元が、大海に浮かぶ 島国・日本に目をつけ征服を目指したのが、いわゆる「元寇」(蒙古襲来) でした。 それは前後二度に及び、その一度目を「文永の役」(1274年)、 そして二度目を「弘安の役」(1281年)と呼んでいます。 ちっぽけな「ド田舎国」を狙って、世界に冠たる超大国がガ…
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日本史の「アレンジ」17 違いがあって然るべき!

天皇の名前を表すのに、例えば「朱雀帝」とか「持統帝」とか、 「○○帝(てい)」という呼び方をすることも少なくありません。 また「持統帝」のような女性天皇については「女帝(じょてい)」という 言葉も併せて使われています。 ところが、いったんは天皇に即位しながら事情があって「クビ(馘首)」に された天皇には「廃帝」という言い方…
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日本史の「もしも」04 判決!”改名”に処すッ!

天皇位を一旦退位された後に、再び即位される「重祚(ちょうそ)」 は非常に稀なことで、これを経験された天皇は長い歴史の中 でもお二方しかおられません。 奇しくもお二方ともが女性天皇で、名を挙げれば皇極(斉明) 天皇と孝謙(称徳)天皇ということになります。 ※(最初)35代・皇極天皇/(二度目)37代・斉明天皇(誕生594-崩御6…
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日本史の「迷宮入り」13 神様にタメ口はいかん!

言葉の頭に「御/お・ご」をくっつけて丁寧な表現にするのは、 いわゆる「女房言葉」の特徴の一つだったようです。 食べ物の類なら「ごはん/御飯」や「おかず/御数」や「おにぎり /御握り」なども元々はそうした例の一つだったのでしょう。 念のため申し添えますが、ここで言う「女房」とは、その昔朝廷や 貴人に仕えた女性使用人のことであ…
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~超駄級・200記事一覧~ 前編「あ→と」巻

粒揃いの「超ド級」、いや「超駄級」との定評を戴いている 「ヤジ馬の日本史」 全記事を、今回 「あ→と」巻&「な→ん」巻 に まとめ、「おヒマ潰しツール」としてリサイクルしましたので、 どうぞお気軽にご活用ください。 前編「あ→と」巻/管理人:住兵衛 あ-- 「アレンジ」 シリーズ -------------------…
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日本史の「言葉」14 人命は地球より重い

~武器などをもって脅迫し、航空機などの交通手段を占拠する 行為~ これを一般的に「ハイジャック(Hijack)」と呼んでいますが、 この種の事件は実際に日本機でも起こっています。 そのひとつに、1977年日本航空472便を乗っ取った武装犯人 グループが日本政府に対し拘留中の仲間数人の釈放と、 乗員・乗客100名余の人質の身…
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日本史の「陰謀」07 なぜ”征夷大(たい)将軍”?

「征夷大将軍」の大を(だい)ではなく、なぜ敢えて(たい)と 読むのでしょうか? 征夷(野蛮人をやっつける)がその本来の職務であるならば、 響きも強い(だい)の方が断然ふさわしい気がするのですが?・・・ 清水寺縁起  ~田村麻呂は蝦夷へ~ 朝廷社会で使う言葉、大納言・大臣・大嘗祭・…
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日本史の「言葉」05 唆(そそのか)す

~《言葉》は、実態を動かすパワーを秘めている~ ちょいとオカルトっぽい印象になりますが、実は現代日本人も 心の底ではこのことをキッチリ信じているのですね。 普段なにげに使っている「言葉」、実はこれがけっこう深い! その一例です。 結婚式のスピーチの折に「切れる」「別れる」などの言葉を 避けたり、受験生の家庭で「すべる」「…
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日本史の「言葉」02敵国降伏

中国・元(げん)は二度に渡ってこの日本を攻めた。 有名な「元寇(げんこう)」である。結果はご存知の通り元軍の 敗北、すなわち結果的には日本側の勝利であった。 ところが、その後日本側ではその「勝因」についての意見が 大きく分かれることとなった。 なんで?  初めに、この元寇が鎌倉幕府の時代、  すなわち「13世紀の出来事」…
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