テーマ:支倉常長

日本史の「謎解き」13 伊達政宗の大胆と細心

「遅れてきた戦国武将」のニックネーム?もある伊達政宗は いったい何に遅れたのか? 天下分け目の「関ヶ原の戦い」に遅れた(遅刻した)のは、 徳川家康の息子・秀忠であって、断じて政宗ではないゾ。 政宗が地元・奥州を固めた(政宗23歳)頃には、既に天下は はっきり秀吉のものになっていましたから、つまりは「群雄割拠 の戦国の世」…
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