テーマ:徳川光圀

日本史の「忘れ物」28 歴史人物だって浮き沈む

昭和20(1945)年以降、つまり「戦後」と呼ばれる時代には知名度イマイチ に陥っているものの、それ以前では超有名だった人物も少なからずいます。 神話めいた存在では「三韓征伐」で有名な神功皇后とか、その側近である 武内宿禰がそうでしょうし、確実に実在した人物なら江戸後期の二宮尊徳 (1787-1856年)もその通りです。 …
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

日本史の「例外」02 天皇家好きの将軍家親戚

~朝方(午前9時頃)、藩士15名を含めた総勢60名ほどの護衛を従え、   彦根藩邸を出た大老・井伊直弼(1815-1860年)は、江戸城の入口・   桜田門の前で暴漢集団に襲われ絶命(即死)に至った~ これが今から160年ほど前に起きた「桜田門外の変」(1860年)です。 その彦根藩邸から職場・江戸城の入口まで実は僅か五・六…
トラックバック:2
コメント:0

続きを読むread more

日本史の「アレンジ」06 将軍家は親戚頭に過ぎぬ!

外国のものが日本人にうまく受け入れられようとするなら、 それなりの工夫が必要になることは言うまでもないことで、 たとえば、「本場・ピッツァ」(pizza)が「アレンジ」されて 「日本風・ピザ」に姿を変えているのもその一例でしょう。 今回取り上げたお二人に共通した「持ちネタ」は、外国(中国)の 思想である「儒教」(朱子学)で…
トラックバック:0
コメント:2

続きを読むread more

日本史の「世界標準」04 神君孫の歴史書

なにしろ1657年に着手し、完成したのが二十世紀に入った 1906年(明治39年)のことですから、その間なんと250年! ウムム! やはり、この徳川(水戸)光圀の「大日本史」は 「大事業」と言っていいのでしょう。 ところで、なんでもまたこんな途方もないことを始めたの? 動機についてはいろいろ言われていますが、そのひとつに …
トラックバック:2
コメント:0

続きを読むread more