テーマ:生麦事件

日本史の「列伝」06 通訳官サトウの東奔西走

日本名を「佐藤(薩道)愛之助」と名乗り、英国名はそれをもじった 「アーネスト・サトウ」・・・いかん、話はまったく逆で、本名が 「アーネスト・サトウ」(Ernest Mason Satow/1843-1929年)で、 それをもじった?日本名の方が「佐藤(薩道)愛之助」でした。 幕末期の1862年、駐日公使館付通訳生として横浜に…
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日本史の「もしも」01 それは生麦村で起きた!

現代なら、おそらくこのような経緯は辿らなかっただろうと 感じられるのが、幕末の1862年武蔵国生麦村(現:横浜市 鶴見区)で起きた、いわゆる「生麦事件」です。 この時400人ほどの行列を組み、江戸から京都へ向かっていた 薩摩藩主の父・島津久光の一行が「生麦村」に差し掛かった折に 乗馬した4人のイギリス人(男性3人女性1人)…
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