テーマ:武家諸法度

日本史の「油断」12 祖法大事で自縄自縛

江戸幕府の創立者であり、初代将軍にも収まった徳川家康(1543-1616年)は それより少し前に主君・織田信長(1534-1582年)に対する家臣・明智光秀 (1528?-1582年)の謀反や、またその後の、これまた家臣であった羽柴秀吉 (後に豊臣姓/1537-1598年)が主家・織田家を乗っ取る姿をを目の当たりに してきました…
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日本史の「付録」05 幕府憲法?その試行錯誤

多少の異論はあるようですが、日本の歴史に登場した三つの「幕府」 (武家政権)を古い順に並べれば、概ねのところ、こんな按配になります。 ○鎌倉幕府(1192-1333年/約142年間/将軍は 9代) ○室町幕府(1336-1573年/約238年間/将軍は15代) ○江戸幕府(1603-1867年/約265年間/将軍は15代) …
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日本史の「パクリ」13 義士と浪士の天秤ばかり

日本人が大好きなお芝居ということなら、赤穂事件をモデルにした「忠臣蔵」は 必ずその上位にランクインすることでしょう。 なにせ21世紀の現代になっても、 そうしたドラマが繰り返し放送されているのですから。 もっとも、お芝居の方が有名になりすぎてしまい、史実としての 「元禄赤穂事件」※の方はいささか影が薄い印象もありますが。 ※…
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日本史の「アレンジ」12 一本刀二本差しおデコ留め

「刀狩り(かたながり)」政策は、それまでにも何度か実施されて いましたが、よく知られているのは、戦国の世に豊臣秀吉 (1539-1598年)が武士以外の者の「帯刀」を禁止(1588年)した それでしょう。 狙いは「農村の武装解除」にあったとされています。 ただ、実際には「刀」以外の武器については規制外の扱いとした ようです。…
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日本史の「油断」04 武家諸法度の三日坊主

武家の統制を目的とした「武家の憲法」とも言うべき 「武家諸法度」※は、徳川幕府初代将軍・家康の命により 二代・秀忠がまとめ上げ(元和令/1615年)、それ以降、次の ように数度の改訂?が加えられました。 ○寛永令(1635年) 三代・家光 →参勤交代/大船の建造禁止 ○寛文令(1663年) 四代・家綱 →キリスト教禁教を明…
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