テーマ:天照大神

日本史の「信仰」18 神勅違反容疑者の言い分

これは歴史事件というよりは神話に語られている出来事ですが、この国 (日本)の始まりはこうでした。 ~(まず最初に)天照大神の命を受け、その孫である瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)  が高天原から日向国の高千穂峰に天降(あまくだ)りました~ 天照大神の「孫」が「天から降った」のですから「天孫降臨」です。 その際に、天照大神は孫であ…
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日本史の「微妙」16 神自身と神の子孫の距離

その当時を体感された方もまだまだ多く存命されているので、歴史的には 「つい最近」という感覚になるのかもしれませんが、1946(昭和21)年1月1日に 昭和天皇(第124代/1901-1989年)の詔書が出されました。 それは昭和天皇自らが自己の神格を否定した内容で、一般的には「人間宣言」と 呼ばれているものです。 そこには…
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日本史の「信仰」17 初めに東と西があった

昔々の大和民族は太陽を特別な存在として崇める信仰心を持っていたと 考えられています。 そのことは、民族の長である大王の祖先神の名が「空を照らす神サマ」と いう意味を備えた「天照大神」、つまり太陽神であることも一つの裏付けに できそうな印象です。 東から上って西へ沈む・・・まあ、よほど特殊な事情がない限り、太陽は 日々この…
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日本史の「タブー」08 そして誰もが頓挫した

日本の歴史にはなんとも不思議な現象もあって、たとえば「天皇」の存在 などもそれに当てはまるかもしれません。 それ以前には別の呼び方をしていたのでしょうが、たぶん7世紀くらいには 自分たちの最高権力者に、現在と同じ「天皇」の呼称を用いていたと 思われます。 ただ、希望者なら誰もが、「天皇」になれるというわけではありません。 …
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日本史の「怪人」19 オカルト学者?神仙界を探る

海上の異界や山中の異境などに不老不死の神人・仙人が実在することを 信じる、いわゆる「神仙思想」に大きな関心を寄せる人物がこの日本にも いました。 江戸後期のこと、とある少年の特異な体験談(1820年頃)が世間の注目を 集めたことがあり、この折にすかさず行動を起こしたのがその人物です。 ~神仙界に自由に行き来できる不思議な老…
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日本史の「パクリ」08 我が血統が治めるべき国

日本における「天皇」の正当性の拠りどころは、神話にある 「天壌無窮の神勅」(てんじょうむきゅうのしんちょく)、つまり天照 大神が孫のニニギノミコトに下した言葉にあるとされています。 その内容を口語に直せば、これくらいの感じでしょうか。 ~秋になると稲穂がたくさん稔るこの豊かな国は、私の子孫が   統治する地です。なんじ皇孫…
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日本史の「デジャヴ」11 姉と弟の微妙な”誓約”

皇室の祖神であり、日本民族の総氏神とされている「天照大神 (アマテラス)」にも「ご両親」はいました。 神様だからといって、 突然に降って湧いたわけではありません。  父は「イザナギ」、母は「イザナミ」、そう、矛で混沌をかき混ぜて 「島(日本)」を作った御二方です。 この両親から生まれたのが、一番上から「アマテラス」、すぐ下…
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日本史の「女性」07 カカア殿下は先祖がえり?

現代日本人が「昔の女性」の生活ぶりをイメージできるのは、 遡っても明治時代、欲張ってもせいぜい江戸時代まででしょう。 もっとも、それが正しいイメージなのかどうかは別問題です。 つまり、戦国時代(1470年頃~1570年頃)より以前の女性像は 明治・江戸時代の女性像からヒントを得ながらそのイメージを 最大限に膨らませた、いわ…
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~太陽のコレクター~

これほど「太陽」にこだわりを持つ民族もそう多くないので はないだろうか。 まず、国の名前からして、「日本(日の本)」。太陽のことである。 国のシンボルである国旗が、「日の丸」。これも太陽である。 国中で一番エラい神様が、「天照大神(アマテラス)」で、 天から照らすのは、やっぱり「太陽」だ。 では、仏様の方はといえば、これがま…
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