テーマ:江戸幕府

日本史の「忘れ物」14 アメリカ船はいつ来たか?

1783年、大西洋側の13州で当座の独立を果たした「アメリカ」は その後に太平洋側の地域を併合(1846年)し、初めてその国土が 太平洋に面することになりました。 この時のアメリカ政府は、既にヨーロッパ列強がひしめきあって いる「大西洋」を活動拠点とすることは、新米独立国にとって 得策にならないと判断し、この「太平洋」に目…
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日本史の「迷宮入り」09 幕府が”それ”をしなかった理由

最大の敵「豊臣家」を滅ぼした(1615年)後の幕府・徳川家は ひとつには、不平分子?の「反乱」に神経を尖らせていたこと、 さらには、海外貿易を管理し、ほぼ鎖国?の状態を保つように したこと、こんな状況にありました。 その内、外様大名などによる「反乱」を「想定内」のこととして 警戒していた意識は各藩の配置ぶりからも、また、な…
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日本史の「冗談?」07 変装迷人?大いに語る

1709年、江戸においてイタリア人カトリック司祭・シドッチ (シドッティ)の密入国に対する「取調べ」が幕臣・新井白石に よって行われました。 四日ほどに渡る取調べはヨーロッパにおける科学・天文・政治・ 医学など、実に広範囲に及びましたが、それに答えるシドッチの 博識ぶりもハンパでなかったようで、少なからず感嘆した白石は …
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日本史の「女性」10 何が正室に起こったか?

徳川15人の将軍の正室・側室の人数を合計すると一体 何人になるのかは知りませんが、その中でたった一人だけ 極めて特異な扱いを受けた女性がいます。 二代将軍・秀忠(1579-1632年)の正室・お江サン(1573- 1626年)がその女性で、実は「火葬」に付されているのです。 もちろん、亡くなった後のことですよ。 亡くなる…
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日本史の「逆転」 02 木曽三川 レ・ミゼラブル!

一切れのパンを盗んだがために19年間の過酷な監獄生活を 強いられた挙句、出獄後の自由も認められず、生きている限りは ”仮釈放”の扱い・・・これが主人公・ジャン・バルジャンの 半生です。 一方、スキあらば監獄へ戻すべくバルジャンの監視を続けるのが 宿敵?ジャベール警部という構成の物語「レ・ミゼラブル」は、 最近映画でも人気…
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日本史の「トホホ」02 不器用?だった江戸幕府

~ええか、銭というものはダ、身分賤しき商人が持てば間違い なく賤しいモノであるが、武士がこれを持つときにはダ、お米が その姿を変身させているだけのことであり、銭の賤しさなどとは まったく無縁のモノなのダ。ええか、あい分かったか!~ 江戸期の政治担当者がこのくらいの詭弁?屁理屈?を 持ち合わせていたとしたなら、武士階級だって…
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日本史の「謎解き」07 ”家”のない四人の将軍

ワタシ自身は昔からこのことに少なからず疑問を感じている のですが、そのわりに世間様は静かですので、結局のところ それほどの疑問ということではないのかもしれません。 江戸幕府には初代・家康から十五代・慶喜まで、延べ十五人の 将軍を数えますが、そのほとんど(11人)は名前の先頭に 「家」の字が付いています。 もちろん、こ…
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日本史の「陰謀」06 身分を買った人々

学校の授業では、江戸時代の民は「士農工商の身分制度」に よって、四つの身分に仕分けされていた・・・と習ったように記憶 していますが、ちょっと待った! 最近になって「旗本株を買う」という言葉を耳にしたゾ。 江戸時代の石高制というシステムは、どうも元々「武士階級が 貧乏になっていく」欠点・課題を抱えていたようですが、 それも…
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日本史の「ツッパリ」05黄門様のあてつけ

藩の後継者、すなわち「次期殿様」を決める段に「もめる」ことは さほど珍しくもなく、もちろん徳川将軍家にもそれはありました。 その場面に登場したのが、テレビ「この紋所が目に入らぬか!」 で有名な水戸黄門こと、徳川光圀だったワケです。 お話は少しばかりややこしいのですが、この光圀は「御三家・ 水戸徳川家」の初代藩主・頼房(家康…
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日本史の「言葉」03士農工商

一旦覚えたことって、案外抜けにくいモノですね。 私にとっては、「士農工商」がバッチリそれにハマっていました。 「士農工商」とは江戸幕府が作った身分制度で、民を四ツの 階級に分類したものである・・・と、その昔授業で習ったとおりに (心が素直だから)理解していたのです。  先生は確かこんなことも説明してくれたなア。  ~上か…
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日本史の「謎解き」02綱吉の可視政策

幕閣 「この点、いささか整合性を欠くような印象ですが」 綱吉 「満点理想はそうそう簡単ではない!」 幕閣 「でも、それでは民への説明にもチト困りますが?」 綱吉 「捨て置け、肝心なのは法の精神だゾ!」 将軍・綱吉による悪法?「生類憐れみの令」の対象は、犬だけ ではなく、猫や鳥、魚類・貝類・虫類などの生き物全般に渡り、 さ…
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日本史の「女性」02お江の将軍構想

お江「では、義父上様は兄・家光と弟・忠長のどちらの方が    優秀だとお考えなのですか?」 家康「それは忠長の方であろうよ」 お江「それがお分かりになっていながら、わざわざ優秀でない    方の家光を次期将軍にしようなんて、信じられない!」 家康「そうではないゾ。兄である家光の方がふさわしい、    と言っておるのだ」 お…
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日本史の「パクリ」02ニ世と三代

さて、前回で家康による天皇家システムの「パクリ」に ついて書いた。 ただ、ここにひとつの謎がある。 ~なぜ、三代将軍・家光のお守りには「二世将軍」と書かれて いたのか~という点である。 そんなもん、家光の計算ミスか 書き間違いに決まっている、の一言で片付けてはイケナイ。 ~ヤジ馬の日本史~ 前回の→日本史の「パクリ」01天…
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日本史の「パクリ」01天照と東照

自分より遥かに豊富な歴史知識を備えた人が目の前に いたとしたら、アナタだってきっと羨ましいと思うだろう。 それと同様に、戦国の世で数多くの「お家滅亡」を見てきた 徳川家康にとって、一度も途切れることなく、百代を超えてなお 今も続いている「天皇家」は憧れの存在だった・・・ということだ。 ~ヤジ馬の日本史~  次回の→日本史の…
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