テーマ:儒教

日本史の「ツッパリ」25 地の果ての孤立文明圏

昔学校の授業で学んだ「世界四大文明」の記憶がひょっこり蘇って きました。 ひょっとしたら、トラウマ体験による「フラッシュバック」現象 なのかもしれませんが、似て非なる「八つの文明圏」なんて言葉に でくわしたせいです。 さて、人類最初の文明として確かこの四つを挙げ「世界四大文明」 と説明されたように記憶しています。 ○黄…
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日本史の「信仰」15 儒教徒はメタボに憧れる

「儒教」あるいは「儒学者」という言葉は日本史の中にもよく登場しています。 では、その「儒教」って、いったいなんなの?  なんとなく分かっているようで、その実分かっていないのは、筆者とて その例外ではありません。 そこで、手っ取り早く一般的な説明の受け売りに走ると、 ~「儒教」は、(紀元前もかなり前の)孔子(前562-前479年…
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日本史の「付録」02 世の中には二種類の人間がいる

随分と昔の映画の中にこんなセリフがあったことをヒョッコリ思い出しました。  正義の人VS悪漢の対決が見せ場という、お約束通りの展開の「西部劇」で、 その中で正義の人が悪漢に向かって吐いたこんな言葉です。 ~世の中には二種類の人間がいる。 (建物に)ドアから入るヤツと   (お前のように)窓から入るヤツだ~ この作品で初めて…
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日本史の「デジャヴ」15 日本版?”アーミッシュ”

信仰・宗教というものは、その部外者にとってはなにかしらの シュールさ?違和感?を覚えるものです。 たとえば牛を神聖な生き物として、その殺生を禁じているインドの 人たちからすれば、あちこちに「牛丼屋」が立ち並ぶ日本の 町並みは、違和感に満ちたまるで「地獄の風景」といったところ かもしれません。 それと同じことで、便利・快適…
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日本史の「世界標準」17 ”死んだら神様よ”の文化

沖縄民謡「安里屋ユンタ」の歌詞の一節にある、 “マタハーリヌ チンダラ カヌシャマヨ”※の部分は、日本語の “死んだら神様よ”という言葉に似た響きがあります。 そして、多くの日本人もまたこの“死んだら神様よ”という言葉 自体に特段の違和感を覚える様子もありません。 ※「ああ、なんと可愛い、いとしい娘であることよ」ほどの意味らし…
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日本史の「言葉」18 ”不徳の致すところ”物語

孔子さんの「儒教」には、徳治主義ともいうべき独特の政治理念・ 思想が持ち込まれています。 簡単に言うなら、統治者が「有徳者」である世の中は上手く運ぶ けれど「不徳」の統治者の場合はそうはならないという考え方で、 この理念?の迫力は施策の可否だけでなく、疫病・飢饉・天変 地異などの自然現象までをも施政者の「徳の有無」に求めた …
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日本史の「謎解き」16 ♪伸びた月代寂しく撫でて

昭和歌謡曲の名曲のひとつ「侍ニッポン」の中にこんな 言葉が見えます。 (作詞:西条八十/作曲:松平信博) ♪人を斬るのが 侍ならば ♪恋の未練が なぜ斬れぬ ♪伸びた月代 寂しく撫でて ♪新納鶴千代 にが笑い では、ここにある「月代」とはいったい何のこと? ~さかやき(月代)→日本の成人男性の髪形のひとつ。 頭髪を前額側…
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日本史の「迷宮入り」11 どっちが若い?釈迦と孔子

歴史の二択クイズです。 問)次の二人は、どっちが若い? ①インド・釈迦 ②中国・孔子 少なからぬ影響を与えた人物ということもあって、お二人の 日本での知名度は、確かに高いものがあります。 ですが、どうです、いきなり正面から、こんな風に訊ねられると、 ちょっと返答に窮しませんか? 試しに周りの人にも同じ質問をしてみたところ…
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日本史の「アレンジ」06 将軍家は親戚頭に過ぎぬ!

外国のものが日本人にうまく受け入れられようとするなら、 それなりの工夫が必要になることは言うまでもないことで、 たとえば、「本場・ピッツァ」(pizza)が「アレンジ」されて 「日本風・ピザ」に姿を変えているのもその一例でしょう。 今回取り上げたお二人に共通した「持ちネタ」は、外国(中国)の 思想である「儒教」(朱子学)で…
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日本史の「トホホ」05 鼻をへし折られた大学者

このエピソードには現代にも通じるものを感じましたので、 ちょいと皆様にもご紹介します。 お話の主は江戸中期の儒学者・荻生徂徠(おぎゅう・そらい) (1666-1728年)という方で、「赤穂事件」の折に「浪士」の処遇を 巡って幕府内部からも「助命」の声が上がる中で断固として 「切腹」を主張したことでも有名な人物です。 さて…
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日本史の「謎解き」11 ”美容整形”は儒教違反ですか?

国家の体制が変ったからといって、人間の心の方はそう ”パッと切り変われる”ものではありません。 その意味では、現代の日本も韓国もまだまだ、長く歴史を共に してきた「儒教」の影響下にあることは否定できないようです。 そして、その儒教の教えの中にはこんなものもあります。 ~身体髪膚 (しんたいはっぷ) これを父母に受く、  …
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日本史の「アレンジ」01 発明より改良が好き

日本史を眺めていると、外国から取り入れた文化を 「日本人仕様」にアレンジ(改良)?して利用してきたことに 気がつきます。 このことは、歴史的に見て日本人は昔から発明よりその改良 作業の方が好きな民族で、その上結構器用な腕前を持っていた、 ということを示しているのかもしれません。 たとえば、「漢字」も「律令制度」も「仏教」…
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日本史の「発明」01 気配りされたアリバイ工作

実際には遺言?という体裁で残したのではなく、自らの態度で 示したもののようですが、ワンマンだった創業者社長が二代目・ 社長選んだ際にはハッキリとその意向が示されていました。 「時代も変わってワシのようなワンマンはもう過去のものに なった。 今後は経営実務を重役連中に任せることにして、 次代以降の社長たちは黙って決済するだけ…
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日本史の「忘れ物」09 歴史学者のミスリード?

ばっちりネクタイは決めたのに、ズボンを履き忘れている。 けっこうチグハグな姿ですが、現在使われている「歴史用語」 の中にも、この姿を連想させるモノがあるような気がします。 気になる事例として・・・たとえば江戸時代の「三大改革」と いう名称がありますが、これって本当に「改革」でいいの? ひょっとしたら、これはこの時代を包んで…
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日本史の「世界標準」04 神君孫の歴史書

なにしろ1657年に着手し、完成したのが二十世紀に入った 1906年(明治39年)のことですから、その間なんと250年! ウムム! やはり、この徳川(水戸)光圀の「大日本史」は 「大事業」と言っていいのでしょう。 ところで、なんでもまたこんな途方もないことを始めたの? 動機についてはいろいろ言われていますが、そのひとつに …
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