テーマ:側用人

日本史の「タブー」10 神君祖法をシカトする?

戦国の世の最終勝者・徳川家康(1543-1616年)が、自ら初代将軍に就き、 創立を果たしたのが江戸幕府(1603-1867年)でした。 その将軍職を2年ほどで辞し、家康はその後継として自分の息子秀忠を 第2代将軍に就けました。 そして、自らがそうだった「独裁将軍」の姿を秀忠には求めませんでした。 諸藩に対し、「参勤交代」…
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日本史の「逆転」12 またか!殿中刃傷事件

「殿中“刃傷”事件」と聞けば、真っ先にイメージするのが 芝居・ドラマ「忠臣蔵」のモデルにもなったことで有名な、 あの「元禄赤穂事件」でしょう。 ところが、実は同じような 事件はそれより以前にも起こっているのです。 この「赤穂事件」より十数年前も前のこと、若年寄・稲葉正休 (1640-1684年)が、大老・堀田正俊(1634…
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日本史の「発明」01 気配りされたアリバイ工作

実際には遺言?という体裁で残したのではなく、自らの態度で 示したもののようですが、ワンマンだった創業者社長が二代目・ 社長選んだ際にはハッキリとその意向が示されていました。 「時代も変わってワシのようなワンマンはもう過去のものに なった。 今後は経営実務を重役連中に任せることにして、 次代以降の社長たちは黙って決済するだけ…
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