テーマ:北条政子

日本史の「謎解き」31 鎌倉大仏に謎なぞないゾ

新型コロナの外出自粛でできた時間でネット徘徊をしていたら、ひょっこり こんな文言にぶつかりました。 一般的には「鎌倉大仏」とか「長谷の大仏」の呼び方で知られる大仏像に ついての説明文です。 ~鎌倉大仏および、大仏が鎮座する寺・高徳院の双方とも、その建造理由、  開山(初代住職)、開基(建造主)などについては、はっきりした史料が…
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日本史の「陰謀」29 女傑は婚家粛清も厭わない

歴史の劇的変化の時期には、その主役もどきの人物が登場するものです。 例を挙げるなら平家滅亡に至る時期がまさにその通りで、実際ここの局面 では「奇跡の三連戦三連勝」※を成し遂げた源義経(1159-1189年)の活躍 に目を奪われて他のことにはあまり意識が向かないものです。 ※一の谷の戦い 1184年/屋島の戦い 1185年/壇ノ浦…
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日本史の「油断」08 鎌倉殿暗殺事情三代記

源頼朝が創立したいわゆる「鎌倉幕府」・・・そのトップである「鎌倉殿」の (征夷大将軍)の座には、当初の間頼朝とその息子達が就きました。 これは血統を重視した方法ですが、よほど日本人の感性にフィットして いたものか、後の室町幕府(1336-1573年)も江戸幕府(1603-1868年)も 踏襲しています。 ただ鎌倉幕府については、…
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日本史の「デジャヴ」16 風雲児は”夢の中”に立つ

至高の存在“天皇”である後醍醐と、それとは逆にいわゆる “悪党”※という立場にあった楠木正成が、固い君臣関係で 結ばれていたことは、これもまた随分と不可解なお話です。 これほどの“身分の差”があったなら、出会う機会すらないのが 普通だからです。 ※鎌倉幕府の正規武士ではないことを意味し、現代で言う「悪人」ではない。 多分…
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日本史の「逆転」13 武士団土壇場の女子パワー!

日本史にもいくつか大きな「内乱」が登場しています。 古くは、天智天皇の子・大友皇子(弘文天皇)と皇弟?である 大海人皇子が戦った「壬申の乱」(672年)とか、足利将軍の 後継者問題に端を発し、10年以上も戦い続けた「応仁の乱」 (1467-1477年)などを挙げることができます。 また、豊臣秀吉死後の「天下人」決定戦?の様…
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日本史の「陰謀」09 鎌倉”最後の将軍”って?

「明治維新」と重なる時期の、江戸幕府“最後の将軍”といえば、 十五代・徳川慶喜その人です。 また、「戦国時代」と重なる時期の、室町幕府“最後の将軍”とは、 これもまた十五代の足利義昭です。 ここまでは、割合知られているようですが、では、もうひとつ前の 鎌倉幕府“最後の将軍”とは、一体誰? こういう質問になると、大体が「う…
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