テーマ:明智光秀

日本史の「微妙」11 征夷大将軍そのウワサ話

武家政権(鎌倉幕府/1185年?-1333年)が樹立されて以降、その トップの座を「征夷大将軍」という称号?で呼ぶことにしました。 その座に就いた人物の数は鎌倉幕府9代、室町幕府15代、江戸幕府15代、 という内訳で、合計では39人になります。 では、この他には金輪際誰も「征夷大将軍」にならなかったかと言えば じつは必ずし…
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日本史の「発明発見」09 不憫な奴は死なせない

なに、「死んでも生きている」って?・・・ 別にフランケンシュタインやゾンビのお話ではありません。 実は、「その時死んだ」ことが歴史の定説になっているにも かかわらず、「いや、奴サンは実は死んではいなかったのだ」と 伝承される人物が、日本史には少なからず登場している事実を 言っているのです。 分りやすい例を挙げるなら、たと…
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日本史の「お国自慢」12 井沢元彦氏の八十日目

名古屋“やっとかめ文化祭”(10・30~11・24/市内各地)の最終日 は本年も作家・井沢元彦氏のトリ講演(11・24/東別院ホール)で 締めくくりました。 「逆説の日本史」の井沢元彦氏と”やっとかめ文化祭”との 結び付きは? ・・・実は、井沢氏も「名古屋生まれ」なのです。 それもあってか、今回の講演はこんなタイトルに。 …
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日本史の「アレンジ」02 ”××の変”は変ではないか?

ひょいと気がついたのですが、「○○の戦い」という歴史用語? には概ねその“場所”を示しているという規則性があります。 たとえば「桶狭間の戦い」(1560年)「賤ヶ岳の戦い」(1583年) 「関ヶ原の戦い」(1600年)などはその通りの表現になっています、 ところが、これが「××の変」という名称になるとその規則性は 総崩れ?…
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日本史の「言葉」05 唆(そそのか)す

~《言葉》は、実態を動かすパワーを秘めている~ ちょいとオカルトっぽい印象になりますが、実は現代日本人も 心の底ではこのことをキッチリ信じているのですね。 普段なにげに使っている「言葉」、実はこれがけっこう深い! その一例です。 結婚式のスピーチの折に「切れる」「別れる」などの言葉を 避けたり、受験生の家庭で「すべる」「…
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~ミスマッチな職場~

主君・織田信長に対する家臣・明智光秀の謀反「本能寺」には いったいどんな理由があったのか? 光秀が天下を狙ったのだとか、後ろに黒幕がいたとか、後世に なって色々な説明がなされてはいるものの、実はどの「説」も 万人が納得できる域までには至っていない。 今回はその「謎」に迫ってみよう。 着目する点は、光秀と信長の人間性の違い…
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