テーマ:名古屋

日本史の「お国自慢」17 やっとかめ文化祭2018

どうやら、数えて6年目ほどになるようですが、今やすっかり名古屋の秋の 恒例行事となった感が漂う「やっとかめ文化祭」を今年もチョロっと覗いて みました。 本年(2018年)10/27(土)~11/18(日)を期間として、名古屋の街全体を 会場にする形で、例年のように  ○芸どころまちなか披露 ○芸どころまちなか舞台 ○まちなか寺…
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日本史の「微妙」02 蓬莱山の”左”にそれはある

地理については、例えば本州の「北」端部には青森県があり、山口県なら 同じく「西」端部に位置するといった具合に、現代ではその位置を 「東西南北」で説明するのが普通です。 これが昔の場合だと、ひと味違って「遠・近/上・下/前・中・後」などの 表現を用いていました。 たとえば、遠い湖(浜名湖)がある国を「遠江国」、近い湖(琵琶湖…
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日本史の「トホホ」23 家康の英断!集団高台移転

筆者の生息地・名古屋市が自ら行ったアンケート調査の結果は・・・全国主要 都市の中で「魅力に欠ける街」、もっと直截な表現なら、「行きたいと思わない し、住民もお薦めできない街」としてトップ、すなわち魅力の順番ではダントツ の「ドベ」(名古屋弁で最下位/ビリ/ワースト1/テールエンドの意味)・・・ この現実はトホホとしか言いよう…
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ヤジ馬の日本史~超駄級記事一覧~ №301-400編

これまでの記事が通算400本に到達したのを機に、 今回改めて直近100編(№301~399)を整理してみました。 全編が粒揃いの「超駄級」であるため、全国のヒマ人様からは 「時間潰し」のベストアイテムとしてご好評?を頂いています。                                   管理人:住兵衛 400 …
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日本史の「怪人」15 販促イベント?北斎の達磨

江戸時代後期の浮世絵師・葛飾北斎(1760-1849年)には、 ユニークな逸話が数多く残されています。 たとえば、 ○改号すること30回? (異見もあり/「北斎」はその内の一つ) ○生涯に93回?の引っ越しを繰り返した。 ○どの住まいも掃除をすることなく「ゴミ屋敷」化が常だった。 ○金銭に無頓着なあまり極端な貧乏生活だった。 …
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日本史の「デジャヴ」19 傾奇者トークと”路上”歌舞伎

恒例の(第4回)名古屋“やっとかめ文化祭”(←リンク)が、本年も 10・29(土)~11・20(日)の約3週間に渡って開催されています。 ~まちじゅうが舞台の「芸どころ・旅どころ・なごや」の祭典へ~ このキャッチ・フレーズに沿って、たとえば「まちなか寺子屋」や 「まち歩きなごや」など、市内一円を会場として、盛り沢山の (多…
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日本史の「逆転」19 金と銀に見る三英傑の遺伝子?

金貨と銀貨/金メダルと銀メダル/金婚式と銀婚式、これらを 比べてみると、いずれの場合も「金」の方が「銀」より立派、 あるいは格上というイメージになっています。 では「金庫」と「銀行」、この場合はどうだ? その実態や法律的な定義はよく知りませんが、個人的には、 扱う資金も営業エリアも「(信用)金庫」より「銀行」の方が 大規…
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日本史の「パクリ」10 日本の”真ん中”ってどこ?

~踊りの感動を名古屋からも発信したいッ!~ 名古屋の学生たちのこんな熱い思いがきっかけになって、 「にっぽんど真ん中祭り」※通称「どまつり」は始まりました。 ただでさえクソ暑い8月の名古屋の、それこそ「熱気溢れる」 夏の風物詩として、1999年以来今日まで続いています。 ※概ね200チーム以上、総勢20,000人?を超える踊り…
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日本史の「お国自慢」11 飛地に遺された原日本語?

松本清張の名作「砂の器」には“東北弁”?が登場します。 しかし、この”東北弁”?と思われた言葉が、実際には地理的に 遠く離れた“山陰・出雲弁”だったことが分かり、それが事件解明 への糸口になるのですが、つまり“東北弁“と”出雲弁“は非常に 良く似たところを持つ言葉だということです。 それと同様なことが地元”名古屋”にもあっ…
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日本史の「お国自慢」10 ここが信長生誕地だでぇ

「織田信長(1534-1582年)生誕」の候補地として、これまでは 二つの城の名が挙がっていました。 ひとつが那古野(なごや)城(現名古屋城の前身/名古屋市中区)で、 もうひとつが、そこから西へ10Kmほどの地にあった 勝幡(しょばた)城(愛知県愛西市と稲沢市の市境)です。 信長と、この二つの「城」の関わりはこうなります。…
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日本史の「お国自慢」07 名古屋”やっとかめ文化祭”

地元名古屋では恒例の「名古屋まつり」(第59回目/ 10・19<土>20<日>)が開催されると、今年はその後に 「やっとかめ文化祭」(10・31<木>~11・24<日>)と銘打った イべントが控えています。 「地元っ子」であるワタシも知らなんだこの情報を持参して くれたのは、…
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日本史の「お国自慢」04 尾張に降った”古隕石”

昨今は「隕石」の話題で盛り上がっていますが、 外国の例ばかりを取り上げるのもいささか寂しいので、 ワタシの方は「国産」?すなわち尾張に現存する 「歴史的な隕石」をもって張り合うことにしました。 時は、1632年(寛永九年)といいますから、ちょうど 江戸二代将軍・徳川秀忠が亡くなった年に当たります。 その9月27日(八月十…
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日本史の「お国自慢」03 日本史オールスター

~日本の歴史は怨霊の歴史である~ こんな言葉を初めて聞く人の中には「奇を衒(てら)った」との 印象、あるいは「オカルトの世界」のイメージを抱く向きも あるかもしれませんが、決してそうではなく、実は・・・ 実は、「逆説の日本史」の著者:井沢元彦氏の言葉です。 氏は色紙には決まってこの言葉を選ばれるようで、現に ワタシもその…
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日本史の「迷宮入り」01なぜ”八”がデカイのか?

日本神話の世界では、大きい・多い・立派を示す数字として、「八」 が頻繁に使われています。 たとえば、八百萬神・大八洲国・ 八岐大蛇・八色雷・八咫烏などがその例であり、三種の神器にも 八尺瓊勾玉・八咫鏡など「八」が付いた名称があります。 その名残りか、後世にも同様な表現、たとえば江戸の八百八町、 大阪の八百八橋、旗本八万騎な…
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日本史の「お国自慢」01古事記1300年

今年は「古事記」成立から1,300年目の年だそうだ。 そこで唐突な質問で恐縮だが、現存する最も古い 「古事記」の写本は一体どこにあるのかご存知だろうか。 少なくとも私の周りの人はほとんどが知らなかった。 要するに、テンデ知られていない・・・のだ。 自慢するわけではないが(シッカリ自慢しているが)、 実は「国宝」として…
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