テーマ:日米交渉

日本史の「トホホ」15 万次郎の難儀な通訳術

幕末期、日本の開国を巡る「日米交渉」では、当然ながら 両国間の「言葉の壁」という大きな問題がありました。  日本語を英語に、またその逆を自在にこなせる、つまり「通訳」 を必要としたわけです。 その日本側の候補者の一人が土佐出身の元漁師・万次郎 (1827-1898年)でした。 と言うのは、漁に出た折に遭難(1841年 /…
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