テーマ:毛利輝元

日本史の「落胆」05 主君の悪口は言えない

いわゆる幕末維新(1853-1869年)の折に、最も過激な思想・行動を示した のが外様大名・毛利家を藩主とする「長州藩」でした。 戦国時代に国人領主から戦国大名への脱皮を一代で成し遂げ、中国地方の 覇者となった毛利元就(1497-1571年)が同藩の始祖とされ、 その子孫が代々の藩主を受け継いできた御家です。 現にこの幕末…
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日本史の「誤算」10 戦国乱世の三バカ大将

「馬鹿者/愚者」を意味する言葉は、TPOによって阿呆・トンマ・間抜けなど、 別の表現も用いられますが、そうした意味ではなく、政治的な判断もしくは 行動の拙さをもって「愚者」と評された人物も、歴史上には少なからず登場 しています。 そんな立ち振る舞いだけで、後世の人間から「愚者」扱いされては、もう冤罪 並みの不運と言ってもいいの…
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日本史の「ツッパリ」04昭和軍閥の原点

A 「昔の話だけど、誰か”抜群”のことを”グンバツ!”なんてネ」 B 「そのグンバツでなくて、昭和軍閥のことを言っているノダ!」 A 「あ、思い出した。ケーシーだ、そうケーシー高峰だった!」 ※この手の会話は無視した上で、今回のお話を進めます。  「関ヶ原の合戦」は東軍・徳川家康に対して  西軍・総大将には毛利輝元が就きま…
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