テーマ:文明開化

日本史の「信仰」14 民族癖が選んだ?維新三傑

たまたまのこと、目の中に「維新の三傑」という言葉が入ってきたので、 ことのついでに少し読み進めてみると、そこには以下の三人の名が 挙げられていました。 ○木戸  孝允(1833-1877年) 長州藩士/  病死・享年45歳 ○西郷  隆盛(1828-1877年) 薩摩藩士/  自刃・享年51歳 ○大久保利通(1830-1878…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

日本史の「ライバル」01 日本と西欧の同時ビックリ

武士政権が滅び、明治という新しい時代を迎えた日本には、西洋の文明が 怒涛の如く押し寄せるようになりました。 ただ当初こそ、そうした物に対して戸惑いだけでなく、相当な抵抗感・ 違和感も覚えた日本人の側も、接触する機会が増えるに従い、次第に 慣れ親しむようになっていきました。 たとえば、髪型(ヘアスタイル)一つをとっても、こん…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

日本史の「異国」03 衣服まわりの二三の閑話

人類史上初の有人宇宙飛行計画において、ライバル・ソ連の先手を取るべく アメリカが情熱を傾注したのが「マーキュリー計画」(1958~1963年)でした。 この時のNASA(アメリカ航空宇宙局)、要するにアメリカの有人飛行計画の 黎明期の顛末を描いた映画に1983年「ライトスタッフ」という作品があります。 宇宙空間での飛行士の居…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

日本史の「世界標準」22 平文氏のローマ字熱意

たとえば、日本文字で表記するなら、「歩く/あるく/アルク」の音韻を アルファベットを使って「aruku」と記す方法を「ローマ字」と呼んでいます。 ~そんなの面倒くさい・・・オリジナルの英語で「walk」とした方が、   手っ取り早くってわかりやすいじゃん~ってか? そう言われると、英語不如意?の筆者なぞは ~腹の立つ奴っちゃ!…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

日本史の「世界標準」20 楽勝ッ!数字の文明開化

普通の?数字 「9,876,543,210」・・・これを、漢数字に直すと、 「九十八億七千六百五十四万三千二百十」と表記します。 書き並べて見ると、現代日本人にとっては、「位取り」の不便さは 感じるものの、日頃の馴染みもあって、まあ普通には前者の方 が分かりやすい。  これを、一般的には「アラビア数字」と呼んでいます。 …
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

日本史の「事始め」10 明治超高層の紆余曲折

中ほどの各階には物品販売店が並び、上階は展望室という 間取りで、浅草公園に建築(1890年/明治23年)された当時日本一 の高さを誇る建物(高さ52M/12階建)は、「雲を凌ぐほど高い」と いう形容から「凌雲閣」(りょううんかく)と命名され、別に分かり やすい「浅草十二階」の愛称でも親しまれました。  ※八角形の建物で10階ま…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

日本史の「ツッパリ」17 独創美意識?の幕引き

少々乱暴に言い切ってしまうなら、明治期の「文明開化」とは、 日本が従来使用していた「モノサシ」を西欧製の物に持ち替える 作業のことを指していたのかもしれません。 伝統ある「チョンマゲ」から愛想のない「ザンギリ頭」へ、「藩」から 「県」へ、「士農工商」から「四民平等」への転換など、この時期に 従来のハード・ソフトの多くを西欧…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

日本史の「デジャヴ」15 日本版?”アーミッシュ”

信仰・宗教というものは、その部外者にとってはなにかしらの シュールさ?違和感?を覚えるものです。 たとえば牛を神聖な生き物として、その殺生を禁じているインドの 人たちからすれば、あちこちに「牛丼屋」が立ち並ぶ日本の 町並みは、違和感に満ちたまるで「地獄の風景」といったところ かもしれません。 それと同じことで、便利・快適…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

日本史の「パクリ」06 祝言から神前そして”空前”へ

その昔は「祝言(しゅうげん)」、ちょい前なら「結婚式」、 今風なら「ウェディング」?あるいは「ブライダル」? このように、夫婦誕生の儀式にも歴史的変遷があります。 最近こそ、その人気に幾分のかげりが見られますが、少し (でもないか?)前の昭和時代には、いわゆる「神前結婚式」が 比較的ポピュラーなスタイルとして人気を集めてい…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more